100回継ぐこと
[057:織田麻]

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巽壮太様  お久しぶりです。お返事が遅れてしまいました。元気でしたか?  再び高校の文化祭の季節がやってきて、少しあわただしい毎日を過ごしています。  今年は生徒の中で脚本をやってみたい、という子が出てきたので基本的にはその子に任せています。もちろん初めての脚本ということで、私がサポートについているけどね。  「演劇のプロ」を目指すためにここ最近は公募に絞って、脚本を書いていますが、なかなかうまく筆が乗りません。少し疲れてるのかな。  君の夢を教えてくれてありがとう。  出版社の担当者さんに興味をもってもらえるなんて、本当にすごいことだと思う。いくら自分では「いい作品ができた」と思っても、賞に応募したって、出版社に持ち込んだって、箸にも棒にもひっかからないことはよくあるから。誰かの目に留まるということは、本当に難しいことだと思うから自信をもってね。まぁ、言われなくても君は大丈夫か。  海辺を歩いたあの日のことは私も覚えています。君もあの海を見て、私と同じことを考えていたんだね。  見慣れた海のはずなのに、あの日の海は特別に綺麗だった。今でも鮮明に思い出せるくらいに。銀色の弓のような三日月が薄暗い群青の空にかかっているのだけれど、空と海の際から煌々と指す光。茜さす鮮やかな夕暮れの空とはまた違うんだよね。あの時間が、あの光が私は好きなのかもしれない。  私は脚本家、君は漫画の原作。回り道もしたけれど、実は私たち、同じ場所、あの「島」から、「物語をつくる」という同じ夢に向かって歩いていたんだね。今はずいぶん、君の背中が遠く見えてしまうけど。  海に浮かんだ物語への道が、まっすぐ一本道に見えた夢までの軌跡が、今では迷路のようです。「急がば回れ」と「果報は寝て待て」が同時に後世まで残ってしまうような世界であることは分かっているけど、私はどの声を信じて筆を持てばいいのかわからずにいます。  だから今の君がすこしうらやましい。

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