100回継ぐこと
[043:ぱせりん]

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金澤奈海さま  返事を書くのに、時間がかかってしまって、ごめんなさい。  本当はすぐに返したかったのですが、うまく自分の気持ちを文字にできなくて、何度も何度も書き直していて、遅くなってしまいました。今日はきちんとお酒を三日も抜いて、真剣に書いています。  あれからもう一度、レターケースを開けて、先輩からの手紙を読み返しました。  当たり前のことだけど、僕が書いた手紙はそこに一枚もないので、僕がどんなことを書いたのか、思い出せないことも、正直たくさんあります。  先輩のことなら、いくらでも思い出せるのに。  先輩に不合格だったことを伝えられなくてずっと家にこもりっきりだった時、「大阪まで会いに行ってあげるから」励ましてくれたこと。  机の上に出しっぱなしにしていた書きかけの手紙を見て、「文通は一旦中断ね」と言いながら大切そうに持ち帰ってくれた、あの時の先輩の仕草。  びっくりするほど大きなスーツケースを持って、初めて大阪まで来てくれた時のこと。  そして思い出したくないことも、ついつい思い出してしまいました。僕たちが別れたきっかけって、誰に言っても「そんなことで?」と驚かれそうですが、僕たちにとっては大きな出来事でしたよね。  将来犬を飼いたいか、猫を飼いたいか。意見が分かれた時に、僕が言ってしまった「両方飼えばいいじゃない」に、先輩は鬼のような形相で言いましたね。 「習性が違う犬と猫を同時に飼うことを、軽く言える神経が分からない」  それから僕たちは徐々に距離を置くようになって……。  でも、勇気を出して、手紙を送って、先輩と文通を再開することができて、良かったと思っています。  ごめんなさい。せっかくお酒を抜いて書き始めたのに、昔のことを考えていたらいつの間にか缶ビールを二本空けてしまいました。  先輩から会いたいと言ってもらえたこと、とっても嬉しいです。  僕も先輩に会いたいです。でも、会うのは今じゃない気がしています。  先輩から送ってもらっている手紙、開いた時にふわっとたばこのにおいがします。先輩が吸っているのか、先輩の大切な人が吸っているのかは僕にはわかりませんが、先輩が遠いところにいるように感じます。近くに住んでいるはずなのに、おかしいですね。  先輩に大切な人がいることも、分かっています。でも、僕はこうして先輩と文通を続けていきたいのです。ずるいのは先輩じゃなくて、僕の方です。  それでも僕は、先輩の紡ぐ言葉が好きなんです。

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