100回継ぐこと
[052:夏田樹]

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 どうして私は巽君にあれこれ質問したくなるんだろう? ドンピシャな答えが返ってきたことなんかほとんどないのに(ごめんね)。思ってた以上に、私は君に頼りたいのかもしれません。  君から最後にもらった手紙の日付は去年の十二月でした。SNSでも君を見失ったままです。アカウント、全部消したでしょ。  このまま終わってしまうのかな。  それならそれでいいのだけど。  山本君に「おんなじところをぐるぐるまわってる」と図星を指されて、腹が立たなかった自分に少し驚きました。彼の言うとおりだと思ったの。  私はずっとおんなじところをまわってるんだよ。  だって君と約束した夢に、まだ向き合ってないんだから。  高校の先生になれたし、演劇部の顧問にもなれた。でもまだ、いちばん大きな夢が叶っていません。  演劇のプロになるって夢。  脚本家、演出家っていう意味のね。    覚えてくれているかな。高校最後の文化祭で『真夏の夜の夢』をやった後、勢いみたいに君にしがみついて「演劇のプロに、絶対なる!」って口走ったこと。あれは勢いだけじゃなかったんです。    山本君に会って、大事にしていた初心を思い出しました。君がずっと応援してくれていたことも。忘れてたわけじゃないの。思い出す暇がなかっただけ。  正直、プロへの道は遠く感じます。脚本の一本も満足に書く時間がとれません。でも今は演劇部の生徒たちとドタバタ頑張ろうと思ってる。高校演劇用の短い作品とはいえ、何も書いていないわけじゃないしね。いま選んだこの日々が必ず未来につながるんだって、信じるしかないので。  また応援してくれないかな? 平成二十九年五月十四日 金澤奈海 追伸  脚本って、ト書きは事実を書くしかないけど、セリフではいくらでも嘘がつけるよね。君からの返事もないのに手紙を書き続けているのが事実。「このまま終わってしまうのかな。それならそれでいいのだけど」ってのは小さな嘘だと、我ながら思います。 ****** 【宛先不明で戻ってきた手紙】

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