100回継ぐこと
[033:夕暮おぞん]

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 本当は会って、デートをして誕生日を祝いたいのですが、それは奈海さんの宣言通り叶わないのでしょう。  なので、せめてもの気持ちとして、りんごジャムを一緒に送ります。受け取ってください。  鎌倉に引っ越しをして、まだ綺麗なキッチンでりんごの実を煮詰めて作りました。きっとあの時よりは良い出来になったと思います。  煮詰めながら今までもらった手紙のことを考えていました。  荷解きの際に読み返した手紙たちをどこへ保管しておこうかとずっと悩んでいたのです。  この引っ越しを機に、僕にとって大切な宝物の保管場所をちゃんと決めておこうと思い、ジャムを作り終えたあと雑貨屋を見て回りました。  そして、あるお店で引き出しの付いた木製のレターケースを発見したので思わず買ってしまいました。一目惚れというやつです。  おかげで殺風景だった部屋に、宝物の居場所ができあがり満足しています。  そのレターケースには、当時のいろいろな僕も、いろいろな奈海さんもいて、なつかしさがこみ上げて来たと同時に、もしかしたら奈海さんは、この5年間で僕の知らない奈海さんに変わってしまったのではないか。そんなことを僕は少しだけ心配してしまいました。  そして僕は、試験に落ちたあの日から、少しも変われていない。そうも感じてしまったのです。  だって彼女だったあなたは、僕の知らない多くの時間を過ごし、僕の知らない雰囲気を少しずつ纏って、先輩としてまた先へ進もうとしていたのだから。  また僕はあの時の合格発表の様に奈海さんの横に並べないのかと思ってしまったのです。  そんな僕ですから、大学では講義もサークルも楽しかったけれど、どこか満ち足りなくて無茶をした日もありました。  あの時の僕はきっと早く奈海さんの横に並びたくて必死で、でも叶わなくて、代わりをどこかに探していたのだと思います。  恋する阿呆は死ぬほど馬鹿をするものだとはよく言ったものです。  それでも時間は流れてしまい、就職して、半年で倒産。また就職活動をしました。  社会人先輩の奈海さんに書かれてしまいましたから、新しい職場では張り切って頑張るつもりです。 (もう日付が変わってしまったので嘘は書けなくなってしまいました。)  もしかしたら、あの時から少しも変われていない僕のままでもいいのかな。なんて書きながら考えてしまいました。  ダメですね。少しだけ弱っているみたいです。  お返事を待っています。  平成二十八年 四月二日  巽壮太

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