渋沢奈海 様 ご無沙汰をしていますが、お元気されていますか。 僕の方は変わらず、元気に漫画をつくって過ごしています。 編集部から「鎌倉奇聞」のアニメ化の話を聞きました。自分の考えたキャラクターが動いて話すってどんな感じなのでしょう。信じられない気持ちです。 先日は、「会いたい」というお誘いに無視をしてしまいすみませんでした。 あれから四ヶ月が経ち、もう年の暮れになってしまいました。こうして季節遅れの手紙を書いていることを、少し恥ずかしく感じています。 コロナウイルスの感染が世界的に拡大したため先輩は渡英できなかったと、かつての演劇部の仲間に聞いたのです。先輩はまだ日本にいるかもしれないと思い、つい筆をとってしまいました。 先輩に知ってほしいことがあります。 僕はこれまで先輩に、たくさんの嘘をついてきたということです。 昔、先輩とは島でよく話をしましたね。 演劇部のこととか、受験のこととか、それから先輩の「約束」のこととか。 その話の中で僕たちは、今二人がいる場所を島と呼んでいました。だけどあれは間違いなく、ただの岩山でした。それなのに僕たちは、こうやって手紙のやりとりをする中で一度も「あれが岩山だった」と書いたことはないのです。そうでしょう。 これは、僕たちの間に嘘が存在したという証拠ではありませんか? そして僕はやはり、この手紙でも早速嘘をついてしまいました。 僕は今、元気なんかじゃないんです。 「鎌倉奇聞」の次の展開がわからなくなりました。キャラクターたちがなにに対してどう感じているかということすら理解できなくなってきたのです。 これまでも見栄を張って、手紙の中では先輩に好かれる自分を演じてきました。 でも僕はもう、嘘を突き通せないくらい大人になってしまったようです。 約束していた二人の脚本も書くことはできません。先輩の力になれなくてごめんなさい。 ナミ先輩、どうかいつまでもお幸せに。 令和2年12月25日 佐藤巽
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