こう言っておいて実は、私の方から彼を手放してしまったのだが、それは一生の過ちかもしれない。この手紙を書いてから約十二年経って思う。 『前略 巽君へ 大学に入って初めての夏休みだと思ったら、時の流れは早いもので気づけば蝉たちの鳴き声は聞こえなくなったよ。演劇のために台本を書いていたら「私たちはあと何通手紙を送り合えるのでしょうか?」という台詞を思いついたけど、私が言っても似合わないな。君なら似合うと思うけど。君が私に手紙を送りたいと言ってくれたこと、嬉しかった。だけど、君が遠慮しすぎて私はそれが文通の誘いとは気づかなかったわ。君はもう少し堂々と意思を通すべきね。 今年の夏はとても暑かったね。お盆にそっちへ帰った時も暑さで倒れてしまうかと思った。この時、橋で君が言っていた変わった人を見かけたのだけど、暑さで倒れて病院へ運ばれていくところだったわ。幸い大事にはならなかったと風の便りで聞いたのだけど、その人はまだあの場所で歌を歌っているのかしら? ドラマももうすぐ終わるというのに。次に見かけたら教えてね。 それから、その節は初めて家に招いてくれてありがとう。家族がしばらく帰ってこないからとはいえ、とても広いお屋敷に君一人で住んでいたのは驚きだった。君のお父様が集めている小説の数々を見せてもらったけど、調べたらやはりあれは普通の家では集めることができない物たちよ。中には歴史的に価値のある物もあるから、状態管理には十分気をつけてほしい。提案なんだけど、あのコレクションはいつかプロに管理を任せた方がいいと思う。私がみた限り三千冊以上はあるから、それを君一人で管理するのは大変よ。私が言えることではないけれど、ぜひ考えてほしい。 かしこ 追伸 君が作ったりんごジャムとても美味しかったよ。できればこっちへ送って欲しいな。よろしくね! 平成二十二年九月十日 金澤奈海』
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