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 くたびれた白いスニーカーに、オレンジ色の蛍光ラインが2本入った紺色ジャージ。  変だなって思ったのは、それをぴちっと着こなすおじさんが、日没迫る橋の上…… 「ありがとうって伝えたくて」  で始まる連続テレビ小説の主題歌を、演歌調の節まわしで歌いながら歩いていたからです。  しかも歌うのは橋の上だけで、渡り切ると無言でまた走り始めます。でも僕と違って音程はばっちり。少し羨ましくなっちゃいました。    考えてみれば先輩の卒業式で顔を合わせて以来1度も会っていませんね。  テスト前の強化月間でも月に2回は「島」で会っていたのに。今は来年の春までお預けなんだって考えると、先輩のよく通る声、凛々しい横顔が本当に恋しいです。  先輩と初めて言葉を交わしたのは僕が入学して初めての文化祭でしたね。1年3組はおばけ屋敷に決まり男子である僕は資材調達に駆り出された帰り道。  廃材置き場から、身長よりも高い板を抱えよたよた歩いていたら、渡り廊下に1人取り残されました。  その時「アナウンサーになる人はこうやって滑舌を特訓するんだよ」と中学校の職業体験で教えてもらった内容が僕の耳に飛び込んできたのです。  声に導かれるまま校舎裏に回った僕の目には、背筋をぴんと伸ばしてお腹に手を当て発声練習をする先輩が映りました。慌てて教室に戻ると「お前遅すぎ」と笑われたものです。  それから先輩にばれるまで準備期間中は毎日練習を見に行ってました。その話を後夜祭でしたら照れ隠しに「2年になったら全クラス演劇やるんだから!」と発声を指導してくださいましたね。  結局、先輩の指導の甲斐なく、僕は立体感覚の良さだけを買われて大道具係に選ばれてしまいましたが。  そうそう僕の覗き見がばれたきっかけの"台詞"ナミ先輩は覚えてますか?

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