金澤奈海様 お元気ですか? 手紙ありがとうございます。僕は実をいうとあまり元気ではありません。 だから郵便受けのチラシに隠れた先輩の字を見つけて、嬉しくて思わず声をあげてしまいました。最近はチラシばかりの日が多くて、開ける、掴む、捨てる、が自動化されていたので、危うく捨ててしまうところでした。 どうか謝らないでください。 そんなことを言ったら僕もずっと不精していましたから。僕こそごめんなさい。 それから、ありがたいことに連載が好評のようで、第一巻目を出す話が進んでいます。まだ少し先ですが、出来上がったら一番に先輩に見せたいです。 ただ、それ自体はとても嬉しいことなんですが、仕事との両立が厳しくて中山に相談したら「会社辞めてこれ一本で食う覚悟しろ! 根性出せ根性!」と即答されてしまいました。中山は思い立ったらすぐ、の人間なので僕みたいに悩んだりはしません。僕は今までそういう所が頼もしいというか、羨ましいというか、とにかく優柔不断な僕とは違うところが楽しかったんです。 でも仕事って、すごく大事なことじゃないですか。こんな簡単に決めてしまうなんてと。中山と一緒に仕事を続けていく上での信頼のようなものが、少しだけ綻んだような気がしてしまっています。 なにより、僕の頭に一瞬ですが卑怯な考えが浮かんでしまって、落ち込んでいます。 「会社辞めて、かつ漫画のほうが上手くいかなかったら、中山が言ったせいにできるかも」 自分がこんな嫌な人間だったなんて。 それにこんなことを考える自分がいる。つまり夢だけに食らいつきたいと本心では思っている、ということにもです。 夢は、もしかしたら現実になったら夢見た者を喰らう獏になるのかもしれないと思いました。なんだか夢を追っていた頃のほうが楽しかった。夢は仕事にしてはいけないのかもしれないとさえ感じています。矛盾していますよね、会社を辞めたいほど書くことを仕事にしたいのに、夢が叶いつつある状況を僕は否定しているんです。 恋愛にも、そういう所があるような。片思いのままなら、付き合うことはないけれど別れることもないですよね。なんだか似ていると思いませんか。
コメントはまだありません