100回継ぐこと
[087:喜島 塔]

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

渋沢 奈海 様 返事が少し遅くなってしまい申し訳ありません。先輩が渡英する前にこの手紙が届くことを祈っています。 渋沢さんのお仕事のこと、イギリス出張のこと……突然打ち明けられて、僕は茫然自失でした。心から祝福の言葉を贈るために、メンタルを整える時間が僕には必要だったのです。 「運命」という言葉はあまり好きではないのですが、先輩が渋沢さんという人生の伴侶を得たことは「運命」だったのだと言わざるを得ません。以前、僕が先輩に宛てた手紙に「渋沢さんに負けるつもりもありませんが」などと大それたことを書いてしまったこと、恥ずかしく思います。 先輩が尊敬してやまない偉大なる劇作家シェイクスピアの生まれ故郷のバーミンガムで、渋沢さんとふたりで夜通しシェイクスピアについて語り合ったり、肩を並べて脚本を書く夢のような日々を思い描きながら先輩が胸を躍らせている間、僕は冷蔵庫の中に残ったビールとおつまみを胃の中に放り込みながら、『鎌倉奇聞』のストーリー展開を考えていました。「ビールを飲みながら仕事をするなんて、ファンの皆様に失礼よ!」と先輩に怒られてしまうかもしれませんが、適度なお酒で脳をリラックスさせると、ふっと、良いアイデアが思いつくのですよ。少し話が逸れてしまいましたが、そんなわけで、ビールとおつまみのストックがなくなってしまったので、Zoom飲み会は中止にしましょう。 この前の手紙で、先輩は、「巽くんは私より何歩も先にいるんだね……」などと書いていたけれども、何歩も先にいるのは先輩の方です。 どうか、先輩の夢が叶いますように! P.S. 僕にはもう、海を越える気力が残っていないようです。 今度こそ、負のループを終わらせましょう。 令和二年八月十八日 巽 壮太

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません