あ、また電車が動き始めました。潮の香りに誘われていたら色々な記憶が蘇りました。 さっき電車が止まっていた時は、時が止まったみたいだったのに、今はまた時間が後戻りするみたいな不思議な感覚です。 車窓がマンガのコマのようになって今、色々なふたりのシーンが浮かぶんです。 僕がリンゴジャムを鍋で煮詰めている間、ずっとなっちゃん先輩のことを考えていられる幸せを感じたことや、「身体は生きたまま心が死ぬの?心が生きたまま身体が死ぬの? 結婚するかそれとも死ぬか?」って校舎裏でなっちゃん先輩の声を聴いてしまった時、それがシェイクスピアの台詞とも知らなかったあほな僕だったけど、それがきっかけで演劇部に入れたことなど。僕たちふたりのことをずっと思いだしています。 ぼくたちは「嘘」もついたし、ほとんど手紙の中に生きていたかもしれない。でも僕はなっちゃん先輩の嘘の中に、切実な書きたい想いを見た気もするし僕もそうかもしれない。 でもそれがほんとうに「嘘」だったのかを今日確かめたい。 この間、なっちゃん先輩は僕のことを家族のようだから、遠く離れても君とだったら恋人という呼び名がなくても、ずっと繋がっていられるって書いてありましたよね。 僕はずっと、名づけられる関係を望んでいたんだと思います。僕ははじめてほんとうに好きになったのはなっちゃん先輩です。ほんとうにって簡単に言わないでっていつか叱られましたが、でもそうなんです。 なっちゃん先輩と別れてから僕はよくあの島に来ていました。その時に描いた「島」のデッサンを入れておきます。 今日がどんな日になろうとも、あの「島」は、僕たちが確かにそこにいたことを、証明してくれるような唯一のかけがえのない場所ですから。 なっちゃんの幸せと、僕の幸せが同じであることを願いながら。 令和3年 3月11日 佐藤巽
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