海に来たのは久しぶりだった。 音楽のように波は響き、頬をなでる風は丸い。確実に季節が傾いていることを私に教えているよう。 こんな平日、誰もいないと思っていたけれど、波の間にはカラスの群れのようなサーファーたちが浮かんでいる。 砂浜にある小高い岩場を、彼は「島」だと呼んでいた。私たちは漂流者のように、島の上でたわいのない話をした。 クラスの噂話や進路のこと、家でのことなど、あれほど交わした会話なのに肝心なことは口にできず、文字に託すばかり。 バッグのなかから手紙の束を取り出す。 文通をしよう、と言ったのは彼のほうだった。メールでも交換日記でもなく文通を選んだのは、やがて離れてしまうことを彼が知っていたかのように思える。 何度読み返したのかわからない手紙は、時に私を励まし、落ちこませたりもした。 自分が書いた手紙のコピーを取っていたおかげで、どんなふうに私たちが文字で会話をしていたのか、読むたびに思い返せる。 いちばん最初にもらった手紙を太陽に透かしてみた。彼の文字が白い封筒のなか、うっすら浮かんでいる。 私の名前の書きかた、はじまりの文章、唐突な締めかた。 文字全部が彼を表しているみたいで思わずほほ笑んでしまう。 ねえ、ふたりで交わした約束を覚えている? ひとりで悩んだ日も、もう無理だと泣いた日も、この約束があったおかげで歩いてこられた。 砂をすくい手のひらに乗せる。あっけなく指の間からこぼれ落ちてゆくそれを見ていると、また気弱になっている自分に気づく。 大丈夫だよ、と根拠のない励ましを言い聞かせ顔をあげると、さっきより低い位置で光る太陽と目が合った。 まぶしさに目を細めながら、私は彼と交わした手紙を読み返す。 ――きみへの願いをこめて。
コメントはまだありません