深地は長い箒と彼岸花の毒素が溶けた水の入った花瓶を手にして、地下室に降りようと歩き出した。 「なにするの、深地」 気が付いたらしい幸則の呼びかけに、深地は振り返って微笑む。 「もう、あれはいらないでしょ」 深地はそう言って、地下室の階段を降りた。 蝋燭で薄暗く照らされた室内を人工的な灯りで塗りつぶす。深地は手にしていた花瓶の水を蝋燭の炎に向かって回しかけた。ジュアッと周囲から音がして、鎮火した蝋燭はどろどろと見窄らしく佇んでいる。深地は花瓶を床に置いた。 そして、深地は祭壇を目の前にして立った。 有によって作られた祭壇はとても美しかった。繊細な色彩バランスで彩られ、隣接する花々がそれぞれの美しさを殺し合わないように配置してある。どの花も生きていた。 花、メロンパン、メロマヨさま。彼女の好きが詰まっている。彼女の祈りの全てがこうして形になっている。過去から現在まで、彼女を捉え続ける、呪いの発露。 そして、深地はそれに向けて箒を振り上げ、降ろした。 ガッチャーンと盛大な音と共に花々は散り、メロンパンは吹っ飛ぶ。 直後に、ダダダダダッと駆け降りてくる足音。 「何してるの!」 有が悲鳴のような声をあげた。深地にはそれが聞こえていたが、また、振りかぶる。 そして深地は箒を上に持ったまま、振り返ることなく言った。 「有さん。ごめんなさい」 こんな事をしても、変わらないと分かっていた。今日の占いの結果はどうだったのだろうと、見る事のなかった運命を想う。深地は呟いた。 「胸に描いて、必要な時だけ、祈ればいいんだ」 有のやめて、という声が鼓膜に届いた気がしたが、深地は渾身の力で箒を振り下ろした。祭壇の台座が大きく破損した。また数度打ちつけて、破壊の限りを尽くした。祭壇が壊れていくのと同時に、花々が千切れて、辺りに舞った。 深地は一度後ろを振り返る。深地の予想に反して、有はただ呆然と見つめているばかりだった。有に阻止されることも覚悟の上だったが、有は涙を流している、ばかりだった。 有に一緒についてきた幸則は突然笑い出すと、散った花びらをかき集めて、天井に向かってばら撒いた。カラフルな花弁が頭から降り注ぐ。幸則がぴょんぴょん跳ねるのに合わせて、床では花々が踊る。 そして、幸則は〝せいてん〟を手にして、ノートを真っ二つに引き裂いた。それをまた細かく割いて白い花びらを作ると、同じように舞いあげた。 雪のように白い紙吹雪が初秋の地下室に舞降る、ヘンテコでチグハグな光景だった。有は頭や顔、体に降り注ぐそれらを、涙して受け止めていた。 深地が最後の一振りを叩きつけると、祭壇が祭壇としての形を失った。 しばらくの狂乱の後、深地は息を吐き、地下室は静かになった。
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