世界で三番目の男
終章 ④『たとえば、彼岸花に焼かれても』

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「海に行くんだってね」  夜に突然かかってきた電話口の向こうの苗代の声は、少し嫉妬がかっていた。 「はい。責任持って行って帰って来るので任せてください」 「そんなに心配はしてないよ」  そこには嫌味も皮肉も感じなかった。心から言っている感じが伝わってきた。苗代がそんなふうに言ってくれるのは、信頼の証なのかもしれないと勝手に深地は思った。 「深地くんは思ったよりずっとやる子だね。私なんて昔、有ちゃんを隣町の本屋まで連れて行こうとしただけで拒まれちゃったし。区の境になったら突然自転車から降りちゃったりして——。まあまだまだ問題は起こると思うけど、今後も仲良くしてあげてくれると嬉しい」 「はい。それはもちろんです」   深地は自信を持って言った。これから何が起こっても、自分は有の味方でいようという決意があった。 「あと、有ちゃんから聞いたけど、前に私のことフォローしてくれたみたいだね。ありがとう」 「いえ」 「私は君の未来かもなんて言ったけど、君は私と違う道を行けるのかもしれないね」  少し寂しそうに、苗代は言った。彼は深地が思うより、後悔を抱えているのだと思った。深地は慰めでもなく、ただ本心を告げた。 「苗代さんだって、有さんに必要とされていると思いますよ」  電話口が静かになる。そして、吹き出した声が遅れて聞こえた。 「ははは。参るな。そんな恥ずかしいこと言われたら」  そして苗代は一呼吸置くと、優しげな声で言った。 「君は有ちゃんを受け止められる人なんだね、きっと」  自分のした事を鑑みると、なんと答えていいのか分からず、深地は「そんな人間になれたらいいなと思います」と小さな声で返した。    *   「準備はいいですか?」  深地は助手席と後部座席に声をかける。 「いいよ」 「うん、大丈夫」  深地が聞くと、有と幸則はそれぞれの反応で返事した。有は浮かない顔で車窓の外を見ながら、右手で左の二の腕をさすっている。  当日の朝、三人は店の前に停めてある社用のワンボックスカーに乗り込んでいた。配送用の社用車だが、普段の通勤にも使っている、有の所有車でもある。有は深地の実家まで迎えに行くよといってくれたが、今日の目的地とは逆方向にある実家まで迎えにきてもらうことは憚られて、店の前に集合になった。  深地は静かに助手席に乗っている有を窺う。深地の視線に気がつくと、有は取り繕った笑顔を見せた。 「深地くん、出発しよっか」 「……はい」  深地がアクセルを踏むと、車が動き出す。   「や・す・ひ・さ・ふ・か・ち! 天国地獄大地獄、天国地獄大地獄、天国!」  車内に明るい声が響く。 「深地、天国行けるよ」  幸則が一人で手遊びしながらはしゃいでいる。 「へぇ、今の子もやるんだね。僕が小学校の頃もあったよそれ。あ、でも、僕の学校ジジババ殿姫だったよ」 「ウケる」  幸則はジジババ殿姫でやり直して「深地殿じゃん」と笑っていた。自分や有の名前でもやり始める。 「有さんの学校はこういうのありました?」 「…………え? あ、ごめん聞いてなかった」 「有、寝てたんでしょ」 「へへへ、ごめん、ちょっとぼっとしちゃって……」  都道をほぼ真っ直ぐに南下して行く。途中で右に逸れて、進んでいくと、二時間ほどで到着する予定だった。  有はしきりに今どこにいるのかを聞いてきた。区を出た時は、そう、と小さな声で頷くだけだったが、だんだん街が遠くなるほど、そわそわと体制を変えたり、青ざめた顔で無口になった。しかし、深地が様子を聞いても、「大丈夫」としか答えてくれなかった。深地は罪悪感のようなものに苛まれつつ、ぐっとそれを飲み込んで、ハンドルを切った。

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