世界で三番目の男
三章 ⑥『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』

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 それから数十分後。地下の方から靴音が微かに聞こえて、瞬間的にドアを見た。そして、ドアに耳を当てた瞬間、下の方から少年の声が届く。 「深地、いるんでしょ」 「幸則くん!」  一日ぶりの声に、安心感の方が勝ってしまった。 「幸則くん、外で話そう」 「深地、苗代さん呼んでないの?」 「……うん。まだ呼んでないよ」 「……なんで」 「苗代さんを呼んだら、君が言えなくなってしまうことがあるんじゃないかって思って。待ってた」 「……ちぇ」  幸則は口で舌打ちして、平然とした声音で言った。 「深地が苗代さんを呼んだら、深地がふほーしんにゅうしてオレたちは地下室に逃げてたって言おうと思ってたのに」  苗代への連絡は直前まで迷って思いとどまっていたので、肝が冷えた。そこまで考えて籠城した幸則の機転にゾッとした。  そして、今の状況でもそれは同じことだということも深地は理解した。きっと、苗代が気が付いてここにやってきたら、苗代は二人の言い分を信じるだろう。深地は汗をかきながら幸則に言った。 「僕が不法侵入で捕まっても、君は有さんと引き離されるよ。有さんがあの状態なら、大人たちは有さんに君を育てる能力がないって思う。そしたら、君たちは、離れ離れになってしまう……」 「……」  そこまでは考えていなかったのか、幸則は黙った。  そして、幸則は酷く平坦な声で言った。 「じゃあ……有と、しんじゅうする」 「!? 何を言ってるんだ!」  にわかに胃が圧迫されて、心拍数が上がる。開かないドアの向こうから声がする。 「動画で見たことあるんだ。家族で一緒に死んだってやつ。一緒にいるためならやってもいい」 「馬鹿なこと言わないで!」  深地は怒りに任せてドアを強く叩いた。中の幸則は怯んだ様子がない。 「有さんだってこんなこと、望むもんか!」 「オレが言えば、有はしんじゅうするっていうよ」  中で幸則が壁にカリカリと爪を立てている。 「てゆか、しんじゅう、しようと思ってたんだよね。動画で蘭の花と一緒に寝ると酸素が足りなくなって死んじゃうって見たんだけどな。全然大丈夫だった。嘘なんかなぁ。換気扇があるからかなぁ。まあでも、彼岸花、公園で見つけたやつがあるから。あれって毒があるんだよね。有が好きな花なんだ。深地知ってる?」  幸則はいたって無邪気にそう言った。深地は愕然として頭が真っ白になった。  最初から心中して、僕に罪をなすりつける気もあったと言うことなのだろうか。それよりも、下手したら死なせていた。深地が手をこまねいて待っている間に、二人は死んでいたかもしれないのだ。  幸則は自分が思うよりずっと、多くを抱えて、悩んできたのだ。彼はきっと、誰にも本心を打ち明けたことがないのかもしれない。いつも、周りが望むように演じて必死に居場所を守ってきたのだと思う。  不用意に触れて、バランスを壊したのは深地だった。  今日も深地は占いを見ないことを選択した。ずっとここにいたからというのもあるが、有に拒絶されて以来、見ることをやめていた。障害も浮木も確認するよりも前に足が動いていたのだ。  深地にとって、占いは導だ。今もそうだ。鳥南蛮にヒントを得て、実際に今、心にはチャリオットが浮かんでいる。  深地が占いを積極的に見ないことで辞めたのは、導に縋ってしまうこと。  ただ心のままに信じたいものを信じたっていい。そして、はねつけたっていい。未来を開くのは意志の力だ。 「幸則くん。有さんを呼んできて」 「……有は深地の話なんか聞かないと思うよ」 「それでもいいんだ、お願い」  長い沈黙があった。緊迫感に胸を悪くしながら、深地は待った。 「深地くん、まだいるの」  有の声は、ドアのすぐ側から聞こえた。ぐったりと、全てを投げ出してしまったような質の声だ。  深地はドアに手を当てた。 「あなたは生きたいですか」 「……あなたも、私が死にそうって決めつけて、幸則くんを連れていく気なの?」  怒りのこもった涙声がする。彼女は気丈に振る舞うことで、社会から大切なものを持って行かれないよう守るのに必死だったのだ。何故、気がつかなかったのかと悔やみながら、深地はゆっくりと語りかける。 「あなたが生きたいのか、どうしたいのか、確かめたかったんです」 「……」  有は黙りこくった。 「深地、意味わかんないこと言ってるなよ、オレと有はもうすぐ一緒に死ぬんだ。有も賛成だよね?」  ドアの向こうの空気が変わった。有が、震えた声で言う。 「幸則くん……何言ってるの……」  有の声の極近くで、幸則の声が聞こえる。 「このまま誰にも分かってもらえなくて、離されちゃうんだったら、ここで一緒に死んじゃおうよ。教義を守れない信者が救われるには、そうしなくちゃ。オレと有が一緒に死んじゃえば、寂しくないし、秘密は守られる。それに、メロマヨさまのところに行けるかもよ」 「…………」 「幸則くん!」  甘美な死への誘い。深地は全身から冷や汗が噴き出るのを感じる。手の届かない壁一枚向こうで、天啓とも言える言葉に、有が揺れているのがわかった。  有のこの世の未練は幸則だけだ。ならば、彼が望むのならば、そして、彼女の最も求める人のところにいけるかもしれないののなら、彼女が小さな手を取ってしまうことの方が優位に考えられた。  彼女が死んでしまうと言う強烈な恐怖感に襲われて、深地は我を忘れて大声で名前を呼んだ。 「有さん!」 「……」  無い返事に、焦りだけが募っていく。けど、有に語りかけるしかない。彼女が本当に望むことは彼女にしかわからないのだ。  自分が他者にできることは自分が思っているより、ずっとずっと少ない。どんなに力があって頭のいい人たちでもそれは一緒だ。他人へ言葉を投げかけること、人に何かをしてあげること、反対に受け取ること。全てが祈りの内にある。深地は人への祈りを外に向けて捧げることをやめたくなかった。  深地は息を吸った。 「有さん」  彼女の名前を呼んだ。彼女との安息の思い出を呼び起こして、それに向かって呼びかけた。思いを込めて好きな人の名前を呼ぶと、その想いに応じて、自分の心が自分の体に降りかかる。体と心は繋がっていて、体の力が抜けたことで、思考ができるようになった。 「僕も神さまを信じてます。僕の場合、具体的な名前も形もなくて、教義もありません。僕は神さまを理解できない、触れ合えない。僕の神さまは運命そのものです。みんなと同じか、そうじゃないのかもわからない。でも、僕だけの神さまです」 「……」  有がこちらを気にしてくれている気がした。声は聞こえている。深地は膝をついた。そして、手の指を顔の前で強く組んだ。その掌と掌の間に、祈りを吹き込むように、言う。 「あなたの神さまはそうじゃない。生きていた人。僕にも神さまみたいに思う人、何人かいます。あなたも、僕の神さまです」 「有! 聞かないで!」 「いいの。待って、幸則くん」  中で、有が幸則を制止した。音楽のなくなった世界で、有は深地の声に耳を澄ましてくれている。確信があって、深地は話を続けた。 「でも、人は人です。神さまとは違うんです。人から作られた神さまは、作られた理想の結晶、なんだと思います。他者の畏敬や尊敬の籠る祈りで、神になった人たち。それは人が人に不変を願った人々の想いの形です。変わってほしくないという、切なる願いです」  深地は祈る。届け、届けと祈る。  自分が彼女の大切なものを否定してしまうことを深地は知っていた。それでも、自分の祈りを優先した自分という人間の愚かしさを全て知覚してでも、深地は言った。 「けれど、人に不変を願うことは、移ろっていく世界で必ず呪いになります」 「……ひどいよ。私が呪いを信じてるって言うの」  やっと、と言った感じで、有の乾いた呟きが聞こえた。 「死者は、死という事実は、変わらないです。神さまも、変わってくれたりしないです。あなたは変わったのに」 「……」 「あなたは過去に呪われています」  ドンッ。  深地が断言すると、ドアが内側から一度激しく叩かれた。 「やめて」  有が何か叫んで、その声は下の方に沈む。ドアを挟んで見てない視線が、すぐ近くにあるように錯覚する。  好きという感情は呪いだ。深地はそう思う。  一口に好きという感情は言い表せない。人によって表現は様々だし、自分の中でも様々な面を持っている。けれど、その強弱の差はあっても、呪いには変わらない思う。  とくに、過去の呪いは、人を強く呪う。執着と言い換えられる、変わらないそれは、変わりゆく自分というものの楔になってしまう。良い影響を与えることも勿論あると思うが、有の場合はそうは見えなかった。  勤めて冷静な声を作って、深地は言った。 「有さんが今、不安定になっているのは、メロマヨさまとの記憶が薄れかかっているからなんですよね」  深地は手のひらを開いた。握り込みすぎてまだらに赤くなった手のひらは、自分のものとはいえよくよく見ると痛々しくて気味が悪い。 「ひまわりの話。入社当時にしてもらった話と、この間してもらった話の内容が違っていました。気がついてなかったですよね」 「……。それは」 「メロマヨさまが教義を書いて残さなかったから、記憶があやふやなんでしょう? だからあなたが記憶をなんとか辿って再解釈して今まで続いてきた……幸則くんだって、教義を覚えている様子がない」 「……」  幸則は答えなかった。 「それじゃあ、深地くんは、教義がメロマヨさまの言葉じゃないって言うの?」  怒った声で有が聞く。 「そう、なのかもしれない。でも、メロマヨさまはあなたの一部です。それは否定することができない。僕だって、そんなあなたを好きになったんだ」 「……」  言葉は人と人を繋ぐ。そして、混ざり合って、続いていく。誰かが言った言葉を自分のことのように繰り返していくのも間違った行為などではなく、自然のものだ。響きあいながら人々は共に生きていくものだ。  そして、どこからどこまでが他人で、どこからどこまでが自分だなんて、他人にも、自分にも、誰にもわからないのだと思う。けれど、侵害し合わないように、そして離れていかないように、適度な距離にいつもいることで人間関係は良好なものになるはずだ。深地はそう思っている。  想いや言葉は時に暴走する。水をあげすぎて根腐れを引き起こしたり、勘違いを起こして枝を切って病気にしてしまったり。 「メロマヨさま——日枝さんはあなたのためにこの宗教を作ってあなたのために神さまになった。全部があなたに都合よく、あなたを守ってくれる」 「メロマヨさまは、私のために神さまになった……?」  有は噛み締めるように深地の言葉を繰り返した。困惑気味の彼女にはそんな意識はなかったようだ。 「そう。でも、教義は、もうここにはいないあなたへの祈りなんですよ。あなたはメロマヨ教ができた時から今まで生きてきて変わったんだから。そしてもう、あなたに、縋るだけの神話なんていらないんじゃないかって、思うんです」  しんと、無音の夜が鳴る。永遠を思わせるような、重い静寂。  ガチャンと、大きな音がした。  そして、開かずの扉が開く。  深地が見上げると、数時間ぶりの有の姿があった。 「有さん……!」  幸則は止めるような様子もなく、薄く笑いながらその後に続いて出てきた。ひとまず生きている姿を見ることができて安堵が胸に広がる。深地は立ち上がって二人を迎えた。  しかし、有は頑なに、篤信の信者の顔を崩さないままだった。虚な瞳で言い放つ。 「メロマヨさまを否定しないで」 「……」 「もういいだろ深地。さあ、有。一緒にこっちにきて」  幸則が、有の袖を引っ張った。そして、花瓶に挿された彼岸花を有に差し出す。その花瓶は細い形状をしていて、ペットボトルで飲むように口をつけやすそうな形をしていた。深地は不安に駆られる。  有は、それを受け取った。  有は幸則の持っている花瓶から彼岸花を引き抜く。草汁に触れないように茎の中間を持ってはいた。毒に侵された雫がぱたぱたと床に落ちる。有は彼岸花を見ていた。遠い記憶の、彼を想って。  深地は言った。 「有さんは何も見えてない」 「……」  有の動きが止まる。深地の言葉が聞こえているようだ。 「ちゃんと見てあげるべき人をみてあげて」  深地は言いながら、指し示す。 「……なに、深地」  深地の手の先にいる——幸則は眉を顰めた。   「有さんは、幸則くんの気持ち、分かってますか?」 「やめろよ、何言う気なの」  幸則が必死になって吠える子犬のような声で深地に噛み付く。何も聞きたくないと、怯えているように見えた。しかし、深地は尚も、有に語りかけた。 「母親だから理解しないといけないとか、血が繋がってないから解らないとか、そんな話じゃないんだ。有さんは、幸則くんの気持ちを引き出そうとしてますか?」  有はハッとして幸則に振り返る。幸則は動揺して目を逸らした。 「……幸則くん、なにか、言いたいことがあるの……?」  有が幸則に尋ねると、幸則は小さく縮こまる。 「有さんは、なんで幸則くんが大切なんですか?」  深地は問いを重ねる。あまりに降り積もって見えなくなっていた、深い雪下で耐える本心を救い出してあげられるように。草花が安心して春に芽吹くように整える。そして、暖かな春を思い出させてあげなければならなかった。 「それは、幸則くんがメロマヨさまの子どもだから——」 「じゃあ、そうじゃなくなったら、どうでもよくなっちゃうんですか」 「そんなことはないよっ」  詰め寄る深地に、有はかぶりをふった。  幸則は目を瞠って有を見ていた。彼はきっと、ずっと不安で、知りたがっていたのだ。神さまの子どもだからって知り得なかった事を今掴めそうになって、剥け出した幼い心が彼の顔をずっと透き通って見せていた。  有はパニックになって喚く。 「だけど、そんな、わからない。想像できない。ずっと一緒だった人の、大切な人だから、それは、どうしても、特別になっちゃうよ!」  深地には共感できた。好きな人の好きなもの、それは好きな人自体と等価で侵し難い。好きなものを通して、好きな人を思い出すときの尊い時間。切り離して考えるのは難しい。  けれど、それが現実にある存在とその気持ちを塗りつぶしてしまうものだとしたら、そんなものは投げ捨ててしまった方がいいのだ。 「幸則くん、君の気持ちをちゃんと有さんに伝えて。有さんも、聞いてあげて」 「……」  幸則は酷く怯えた顔をした。ずっと心に秘めて仕舞ってきた問いほど、知ってしまうのが怖いものだ。深地はそれを解きほぐしてあげたかった。 「生きてる人と人は心の中だけで祈り合うだけじゃ繋がれない。思うだけじゃダメなんだ。声に、言葉に、写し変えないと。できるだけの真心になるように形を変えて祈らないと」  有が幸則の方に体を向けた。 「あなたは、神さまの子どもで、とても特別な存在なの。私なんかがお世話するのも本当は憚られるくらい……。私本当は、幸則くんといる自信がないの……。それは私のせいなのに、揺らいでぐらついて、幸則くんを不安にさせた……」  俯く有の瞳から、ぱたぱたと透明な雫が落ちる。床で毒の雫と混ざり合う。どちらも同じ色をしているので、落ちてしまっては区別がつかず、一緒になったそれは床に一つの大きな染みを作っていた。  幸則は両の手で彼岸花が挿してあった花瓶を握りしめている。今にもそれに口をつけて飲み干してしまいそうな表情で、手の中のものを見ている。  深地は取り押さえられる位置に自分がいることを確認しつつも、彼が言葉を口にするのを待った。  そして、幸則は、花瓶から有に視線を移した。 「僕は、有のなんなの?」 「……」  有は言いたいのに言葉が出てこないのがもどかしそうに彼岸花を握りしめて、その手をわなわなと振るわせている。幸則は静かに聞いた。失望はその顔になく、彼女の全てを理解して尋ねた。 「僕が苗代さんのところに行くって言ったら、どうする?」 「それは……。行かないで欲しい」 「有にとって、僕はパパの代わり?」 「そんなことない!」  有は即座に否定して幸則の肩を掴んだ。同時に彼岸花が有の手から離れて、床に投げ出された。  幸則と有は見つめ合う。 「有、これ見て」  幸則は有の手を離れて、テーブルに水の入った花瓶を置いた。深地はほっと一息つく。それを見ていたので、深地は幸則が地下室にかけていくのを止めなかった。そして、幸則は一冊のキャンバスノートを手に持って帰ってきた。 「これ、見て」  〝せいてん〟と書かれた、月日の経過を感じさせるノート。  幸則は片手でノートの背を支えて開き、最初のページを指した。そのページには、ボールペンの文字で、独特のフォント体をした文字で一文が記されてあった。 【ゆうのせかいをまもってあげて】  ノートの一番最初のページにはそう書かれていた。言われずともわかる。これは日枝の文字だ。メロマヨさまとしての言葉というよりは、彼自身の思いと言う感じがして、胸が苦しくなる。  この思いが、今の有と、そして幸則を、作り上げてしまったのだ。  幸則は、有に向かう。 「これ、メロマヨさまがやらなきゃいけないこと。けいしょうしゃのオレも、やらなきゃいけないこと。オレが字が読めるようになった時にもらったんだ。本当は誰にも見せちゃいけないってパパに言われてた。けどもう、オレムリだよ。どうしたらいいの」  幸則は開かれたノートの端を両手で握りしめるように持った後、そのページの中に顔を埋めるように俯く。  日枝は幸則を生まれた時から神さまの子どもにしようと思っていたのだろうか。深地には未だに、日枝の考えていることがわからなかった。  幸則は俯いたまま言った。 「有に、神さまがいらなくなったら、他の代わりとか、見つけちゃったら、どうしたらいいの」  幸則の不安の正体はこれだったのか。そのノート自体が自分の存在理由だと、彼は思ってしまっているのかも知れなかった。  有が言った。 「幸則くん、私、全然気が付いてなかった……」  有は幸則の頭に触れる。幸則は、顔をノートから上げて有を見た。  幸則の二つの目から真っ直ぐ下に落ちていく、清らかで素直な涙。 「オレを見て」  鼻声の呟き。彼の心からの叫びだった。  そして、幸則は切なげに問いかける。いつもの不遜な態度など見る影もなく、純粋に真正面から、有を見て聞いた。 「オレは有の、何?」 「幸則くんは私の家族だよ」  有はすぐにキッパリと言った。幸則は再び真新しく瞳を潤ませて、口をつんと尖らせた。 「ほんとに?」 「ほんとだよ」  そう言うと、有は幸則に手を伸ばして、その頭を優しく抱く。幸則は抵抗をせず、なすがままになっていた。 「幸則くん、神さまの子どもやめたい?」 「……」 「やめたからって、何も変わらないよ」  幸則の感情を汲み取って、有が優しく言った。穏やかに、憑き物が落ちたような顔をしていた。 「やめても、一緒?」 「うん、ずっと一緒だよ」  そして、二人はどちらともなく大きな声をあげて泣き出した。散らばっていく感情は、神さまにだって包み込めやしない。寂しさも嬉しさも、安堵も不安も、誰にも触られないまま、全てそこにあった。

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