あのこのたからもの
弐・いにしえとジェラート

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

********** 「探すっていったって、当てずっぽうじゃなぁ」 「神様は私と関係があるって言ってたわ」 「それって、まさか京都とかまで行けとか」 「無理よ。私が動ける距離は限られてるもの。だから絶対この辺りにあるはずなの」 「うーん。で、この辺は当然もう探したんだよな?」 「ん。見ればわかるって言われたの。だけどここや温泉宿のあたりでピンとくるものはなかったわ」 「そうか……。モノはわからないが見ればわかる、か。よし」  翔利は持っていたスクールバッグから一枚のプリントを取り出した。カラーで、神社や農場、果樹園など様々な施設の写真と説明が掲載されている。 「なに? 日本遺産?」 「昔からある場所の方が確率高そうだろ。ちょうど今日、学校で配られたんだよ。那須野が原の古い建物や施設がなんかそういう文化財に指定されたんだって」 「へえ。あ、ここ知ってる。青木様のお屋敷だわ」  少女がプリントにある白い洋館を指さした。旧青木邸別邸と書いてある。 「確かに青木邸って書いてあるな。よし、それならまずはここに行ってみよう」 「決まりね」  そう言って少女は胸の前に手を出し、呼吸を整える。移動のためだ。 「お前の勘だけが頼りとか、険しい道のりだな」 「女の勘をバカにしないで欲しいわね。あとそのお前っていうの、やめて」 「じゃあ、玉藻な。俺は翔利」 「知ってるわ」  翔利が遅めの自己紹介をすると、玉藻は肩にかかった髪を手で払い、不敵な笑みを見せた。 「なんでだよ」  その様子に翔利が不可解そうに言葉を返す。 「魂がくっついちゃってるからよ。さっき私のこと可愛いって思ったのも知ってる」 「ばっ……! 思ってねーよそんなん!」 「思ったのね、わかりやすーい。冗談よ、名前とか家なんかは魂の情報にあってわかるの」 「ふざけんなぁ!」  翔利が玉藻に詰め寄ると、またエレベーターが目的階に着いたときのような反動を体に感じた。同時に、一瞬で洋館のある場所まで移動した。車がないと隣町に行くのさえひと苦労な地域で暮らす中学生にとって、これだけは死にかけて得をしたと翔利が目を輝かせる。 「さっきも思ったけどこれ、すげーな。瞬間移動、かっけー」 「便利でしょ? このまま一緒にいればいつだってしてあげられるわよ」 「嫌だよ。だいたい、メリットそれだけじゃなぁ」 「あら? 他にはどんなことをお望み? 殿方の好きな遊びなら大抵のことは知っていましてよ、おほほ」  玉藻が、上目遣いで意味深な笑みを浮かべ、大人びた声を作ってわざとらしい口調で訊ねた。その様は伝説の九尾の狐が扮する妖艶な絶世の美女、玉藻の前のイメージそのものだった。翔利は耳まで赤くなった顔で芝居がかった笑いを遮る。 「殿っ……! 知らねーよ! 変な喋り方もやめろよなっ」 「顔が真っ赤。翔利のえっちー」 「うっさい! 手伝わねーぞ」 「それならずっと一緒にいられるからいいわよーだ」 「きたねー。俺がいればいい暇つぶしになるとか、どっちも玉藻が得するだけだろ」 「ご名答」  翔利は敵わないと諦めたのか、まだ赤い頬をぷうと膨らませ、空を仰いだ。  台風一過の空は青く澄んで、夏の終わりの少し低い太陽が洋館の白い壁に反射している。うろこのように一枚一枚丁寧に貼られた壁の凹凸に影が差し、いつも見ている近所の白い壁の家とはまるで違うことが、翔利にもすぐにわかった。見た目だけでなく、建て方そのものが日本のそれとは別なのだ。古くて所々傷んでいる部分もあるが、それも含めて歴史の重みのようなずっしりとした深みが、建物全体から漂っていた。  玉藻が、建物に触れるようにして手をかざす。 「何か感じるか?」 「んー。わからないわね。ここじゃないのかも」 「そっか。でもまだひとつめだし、次行こうぜ」 「待って、もう少しだけ」 「いいけど。何かあるの?」 「……私ね、前に何度か、ここのお嬢様をお見かけしたことがあるの」 「へえ」 「ある日を境にね、棲み処から山を挟んだ那珂川の上流あたりがなにやら騒がしくて、野山がざわついて昼寝ができなくなってしまって」 「昼寝か。封印されといて、いいご身分だな」 「だって封印されてるとダルいんだもの。それでね、何をやっているのか確かめに行ったの。そしたら、西洋のお誂えを着たとてもお綺麗な女の人がいて」 「それがここのお嬢様」 「そう。ハンナ様と呼ばれていたわ。だから初めは西洋人だと思ったの。そういうお顔立ちをしてらしたし。でもこちらの言葉を話しているし、彼女がお父様と呼んだ殿方が青木周蔵様という日本のお人で、ここのお館様だったの」  玉藻が、昔を懐かしむように目を細めて語っている。 「温泉にもね、洋装の人はよく来ていたのよ。でもハンナ様の装いはそれはそれは素敵で、だから時折このお屋敷の近くまで来てこっそりお姿を覗いていたわ。それでほら、こうして真似をしてみたの」  そう言って、玉藻は自身のドレス姿に視線を向けさせ、得意げにくるりと回ってみせた。 「なるほど。それでそのドレスなわけか。玉藻の前ってイメージだと十二単とか中華風着物ドレスみたいな恰好なのになんでって思ってたんだよ」 「中華風着物ドレス?」 「ああ、ゲームとかで玉藻の前っていうと、だいたいそういう感じなんだよ」 「なにそれ、面白そう」 「待てよ、何かないかな……あ、あった。これとか」  翔利がバッグから出したのは人気スマホゲームのキャラクターが描かれたクリアファイルだった。可愛い女性が着物をアレンジしたような肩や胸元が大きく開いた青いドレスを着ていて、桜色の髪をふたつに結った頭には狐の耳もついている。玉藻がそれを興味ありげに眺めて小さく頷くと、オレンジ色のドレスから煙が出て、瞬く間に玉藻を覆い隠してしまった。 「わっ!」  煙はすぐに玉藻の内へと吸い込まれるように消え、再び姿を見せた玉藻はクリアファイルのキャラクターとそっくりな姿になっていた。耳や髪の色まで同じという徹底具合に、翔利は目を丸くして驚いている。 「似合う?」  こぼれる白い肩とすらりと伸びる長い脚をしならせて微笑む玉藻に計算高さはない。あるのは少しのイタズラ心と、自分が楽しいと思うことをすぐに実行する行動力だけだ。翔利は玉藻の前伝説の数々を頭に浮かべ、そのほとんどがこの容姿と性格に起因するのではないかと思った。つまり、見た者、接した者が勝手に惑い、暴走するのではないか、と。 「玉藻……お前って天然なんだな」 「天然?」 「いや、玉藻が悪い妖怪じゃないってわかった気がするってこと」 「? よくわかんないけど、わかってくれたみたいで嬉しいわ」 「だからとりあえず、元の服に戻ってくれないか」 「えー可愛いのに」 「この建物には、さっきのハンナお嬢様の服のほうが似合うよ」  目のやり場に困るから、とは、翔利は言えなかった。早く、と急かして後ろを向くと、時が止まっているかのようにゆったりとした緑の大地が広がって、穏やかな初秋の風に吹かれて咲き始めのコスモスが揺れていた。 「そういえばね」  オレンジ色のドレス姿に戻った玉藻が、また口を開いた。 「ハンナ様を最初にお見かけしたのは、川の取水施設が完成した記念式典だったわね」 「那珂川だっけ? これのことじゃないかな」  そう言って翔利が日本遺産のプリントを出して、写真を指差した。『那須疏水旧取水施設』と書いてある。 「ええ、これよこれ。あとになってだけど、青木様の農場にもここからお水を引いて、木を植えたり酪農をしていてね、だんだんと人間が増えると言っているのを聞いたわ」 「ああ、ここは元々荒地で何もなかったんだってね。学校でそんなこと言ってた」 「私はあんまり人間が増えてほしくなくて、本当はこの施設をダメにしてしまおうかとも考えたの」  悪い妖怪ではないと思った玉藻がそんなことを言うので、翔利は少し慌てた。 「え? なんで」 「だって、都のように人が多くなったらまた私と関わることができる殿方が現れるかもしれないでしょ。私は仲良くしたいけど、私がちょっと何かいうだけで大きな戦が起きてしまったりするのはもう嫌なの」  玉藻が伏し目がちにぽつりぽつりと呟くように話す。関わることができる、というのはきっと霊感が強いとか、そういうことだろう。これだけお喋り好きな玉藻が自分と話せる人間を見つけたときどうなるかなど、手に取るようにわかる。加えてこの美貌と天然キャラだ、関わった男たちが玉藻の一挙一動に振り回されて簡単に理性を失うのも当然と思えた。けれど玉藻自身は、そんなこと何も望んでいなかったのだ。 「だからって、ダメにするのはナシでしょ」 「うん。わかってる。だから人間と会わないように、それからまたずっと殺生石に籠ってたのよ」 「そうだったんだ」  翔利はハリネズミのジレンマというのを思い出した。寄り添いたいけれど、近づくとトゲが刺さるというものだ。なにもハリネズミに限ったことでなく、人間同士の付き合い方もこういうことがよくある、仲良くなるとお互いの悪い所が見えてケンカが増えたりするのもきっとこれだ。 「玉藻は悪くないよ。ただちょっと、素直すぎるんだ」 「え?」 「人間には口に出す建前と、普段は言わない本音とがあるんだ。玉藻はいつも本音を言うから、玉藻と仲良くなりたいと思う男の人がそれを叶えてあげたくて暴挙に出てしまうんじゃないかな」 「あ……それは……わかるかも。死ねばいいのにって軽く愚痴を漏らしたら次の日に晒し首になってるとか普通にあったわね」  さらりととんでもないことを言う玉藻。翔利はやれやれと大きなため息をついた。 「人間と仲良くしたかったら、人間の付き合い方をしないと」 「翔利って子供のくせに結構わかってるのね」 「子供じゃねーよ。中学二年だかんな」  子供、と言われて翔利の眉が上がった。中学生というと、子供でも大人でもない微妙な時期だ。ある部分で大人でもあるだけに、頭では自分でもそのアンバランスさに気付いている。けれど子供とバカにされるような物言いはされたくないのだろう。 「今時の人間は二十年で成人というのは知ってるのよ」 「引き籠りのくせに情報通だな。ネットでもやってんの」 「ねっと? 納豆は嫌いなの」 「……忘れてくれ」  今時の話し方をする割に知っている情報にムラがある玉藻は、やはり明治から時があまり進んでいないようだと翔利はまた小さくため息をもらした。 「あ、ねえ見て! これってアイスクリームよね? ピザとジェラートって何かしら? いいなぁ、食べてみたい」  旧青木邸の洋館から少し離れたところに、飲食店があった。玉藻は店前の看板にある『ジェラート』の写真に反応している。アイスは知っていてもジェラートは知らないようだ。 「ごめん、今日お金ないんだよ」 「ああ、いいのいいの。私、食べられないから」 「そうなの?」  少し残念そうに眉を下げて、からからと玉藻が笑った。 「食べようと思えば食べられないこともないんだけど、物に触れるのはもの凄く妖力を消耗するの。食べたらきっと百年くらい起き上がれなくなっちゃうわね」 「そうなんだ。施設ダメにするとか言ってるから普通にあれこれいじれるのかと思ってた」 「諸刃の剣ってやつね。施設を壊す程の力を使ったら、もしかしたら死んでしまうかも」 「そんなに? ってか、今の玉藻は死んでないの? 俺てっきり」  翔利は玉藻の前を幽霊のようなものだと思っていた。それだけに、死んでしまうというのが不思議に聞こえた。 「言ったでしょ、ここはハザマの世。私は翔利の知ってる意味で生きてはいないけど、神の世に行く死に者でもないの。体は死んだけど、魂は生きてる。それがあやかしよ」 「そうか、体と魂、セットじゃないんだ」 「そう、そんな感じ。体がないから、物に触れるのが難しいの。翔利だって今は自分の持ち物しか触れないはずよ」 「え、そうなの? ホントだ、カバンとか普通に持ってっから気付かなかった」  言われて確かめるべく看板に手を付けようとしたら、見事にすり抜けた。テレビやマンガで見る、幽霊のアレだ。 「じゃあ、もしかしてだけど、ここって普通の世界じゃなくて、実は別次元だったりする?」 「ううん、ここは翔利が知ってる人の世。だけど私たちはハザマにいるから、人間たちからは見えないの。だからそもそもお金があっても買えないのよ」 「そういうことかぁ。って、ぶつか……」  看板の前を、ベビーカーが通り過ぎていった。その場所に立っているはずの二人をすり抜けて。痛くも痒くもなかった。それでも体を通り抜けられるのは気持ちのいいものではない。玉藻を促して次へ向かおうとする翔利だったが、名残り惜しそうに看板を横目で見送る玉藻の姿が、少し不憫に思えた。 「探し物が見つかったら、アイスも食べたいって願ってみたら?」 「あ、それいい!」 「願い事いくつまでしていいんだろ」 「さあ? 数は聞いてないわよ」 「ひとつだけだったら俺のこと最優先で頼むよ」 「せっかく探したのに私のお願いじゃなくなっちゃう」 「頼・む・よ」  翔利は、しょんぼり肩を落とす玉藻に惑わされそうな心をどうにか鬼にして、しっかりと念を押した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません