まつりぬい
3 明坂まつりの意図

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 夜気が迫り、冷えた風がまつりの頬を撫でた。  まとまらない考えを巡らせながらテニスコートの脇を通り、校門を抜ける。  そこにたたずむ見知った後ろ姿に、まつりは思考を止めて息を呑んだ。  所在なさげだが、どこかそわそわとした様子の橘周吾に声をかける。 「アンタなにやってんの?」  周吾は肩を跳ねらせると、ゆっくりと振り返った。まつりの顔を見て安堵しつつも、どこか残念そうな表情を浮かべる。 「……なんだ、まつりか」 「なんだとはなによ」  まつりが睨みつけると、周吾は焦って両手を挙げた。 「いやごめん、そういう意味じゃなくて。ところで……高町さんてまだ学校にいた?」  新しくできた友人の名前を発した古馴染みに、どこか苛立ちを覚えながら、まつりは答えた。 「いたわよ。さっきまで勉強見てもらってたから。どうかしたの?」 「いや、あの……なんて言うか」 「言わなきゃアンタの小学校時代のあだ名をバラすわよ」 「それだけはやめてくれ」  腕を組み、無言で睨めつけるまつりに観念して、周吾が視線を外した。言いにくそうに口を絞らせて言葉を紡ぐ。 「あの……その……告白しようかな、なーんて」  まつりは大きくため息をついた。ヘラヘラと笑みを浮かべる周吾を再び睨みつける。周吾の縫に対する感情は以前から聞いていたが、告白しようと思うくらい大きくなっていたことは意外ではあった。 「アンタさ、あの子と話したことある?」 「……何回か」 「何回か話しただけの男が告ってきて、オッケーする女はいないわよ?」 「え? でも脇田は……」 「あれは例外よ。それに――」  ――縫は童貞はイヤだって。  その言葉は飲み込んだ。あけすけに話すことではない。それに話してしまうと、軽薄なこの男は、自分と関係だけ持とうとするかも知れない。それはさすがに避けたい。 (一回だけとか、イヤだし)  言葉に詰ったまつりを、周吾が不思議そうに見つめている。 「それに?」 「いや……あの子のどこがいいの?」  自分を見る双眸をまっすぐ見つめ、まつりは聞いた。  周吾が視線を校舎に向ける。誰かを思うその無意識の仕草ですら、まつりの心に刺さる。そこに気づく自分が少し嫌いだ。 「なんか、賢いとこ? 俺にはないからさ」  物寂しさが胸につかえる。 (アタシもアンタより成績いいんだけど?) 「あと――」  さらに言葉を発しようとする周吾を止めようと、まつりは口を開きかけるが、浮かれているのか彼がそれに気づくことはなかった。 「笑ったら案外かわいいなって」  恥ずかしがる周吾の言葉が、棘となる。まつりが今日知ったことを、この男はすでに知っていた。 (聞かなきゃよかった)  さかむけまみれの心を悟られぬように、まつりは校舎に視線を移して言った。 「それはたしかにさっき思ったわ」 「あー、やっぱそうだよなー」  嬉しそうな周吾の姿に微笑み、まつりは鞄を持ち直した。 「んじゃ、アタシ帰るから。じゃね」 「え? じゃあ俺も帰るわ」  周吾の言葉に耳を貸さず、まつりは足早に歩いていく。  背後から慌てた周吾がついてきた。 「ちょっと? まつりさん? 俺も帰るよ?」 「ついてこないでくれる?」 「いや方向一緒じゃん! 家も近いじゃん!」 「そう言えば家の近くに橘工務店ってあったわね」 「それは俺の家じゃねえ!」  いつものやりとりに満足して、まつりは足を止めた。  他愛もない会話をしながら並んで歩く。  ふと空を仰ぐと、厚みを増した雨雲が空を覆っていた。  周吾は傘を持っていない。  まつりの手には、少し大きめの、赤い傘。 (雨、降らないかな)  周吾の横顔を一瞥して、まつりは気づかれないように歩幅を狭めた。

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