タイムリミット
第3章 新たな出会い5−2

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 九日火曜日の放課後。  野球部の練習が始まる前、ユニフームに着替えた康太は、「ちょっと話がある」と言って、バックネット裏にしのぶを呼び出す。 「山本君、話って何なの?」  しのぶはやや緊張した様子に見える。  これまで康太とは互いに冗談を言い合ったり、わりと気心の知れた間柄だった。だが重人のことはあくまで何かあったとき頼りになるクラス委員としか思っていないのだろう。  オレだよ、もっと気楽に!   そう言いたいのを抑えて、康太は重人の話し方で訊いてみる。 「本田さんの周りで最近変わったことはないか、ちょっと気になってね」 「……」  しのぶは無言のまま、目を合わせようとしない。 「やっぱり何かあったんじゃない?」 「何でそう思うの?」  ようやく弱々しい声でしのぶが訊き返す。 「だってこの前二人で秋山先生のところに行ってから、ずっと本田さん元気ないよね?」  半分当てずっぽうだが、康太は「ずっと」と付けた。  しのぶの様子を注意して見ていたのはこの日だけだったけれど、確かに彼女本来の明るさが全く感じられなかった。普段なら休み時間にはあちこちで笑顔を振りまいて楽しそうにしているはずなのに、一人自席でじっと俯いたままでいることが多かった。 「……」  しのぶはまたダンマリに戻ってしまうも、次第に顔色が青ざめてくる。  ならば、本音を語らせるまでもう一押しだ。康太はそう確信する。  練習開始まで時間もないので、ここは自分から切り込むしかない。 「もしかして、上条さんからイジメられてはいない?」 「え?」 「上条さんは本田さんのことを恨んでいるようなんだ。なぜなら、自分と長友さんが揉めていたことを本田さんが秋山先生に言いつけたことを知っているからだよ」 「どうして? あのとき秋山先生は決して誰にも言わないって約束してくれた。なのに、何で上条さんは知っているの?」 「上条さんのお父さんがPTA会長として校長から無理やり聞き出したらしいよ。秋山先生はこの件を校長には報告してあったんだよ」  耳を疑うような話に、しのぶの顔からは血の気が完全に引いてしまっている。 「なぜ山本君は、そんなこと知ってるの?」  真実を言うわけにいかない康太は、即興でいかにも本当らしい作り話をする。 「実は僕の父親は上条さんのお父さんと同い歳で、二人とも五中のOBなんだ」  嘘つきは大嫌いだけれど、ここは心を鬼にして話し続ける。 「一昨日の日曜日に五中の同窓会があって、宴もたけなわってときに、酔いが回った上条さんのお父さんが突然怒鳴り始めたらしい」 「何て?」  しのぶは作り話に食らいついてくる。 「娘のさゆりがクラスメイトの本田しのぶに濡れ衣を着せられたとか、プライドを傷つけられただとかって怒りまくって、とにかく大騒ぎだったらしいよ」  そこまで聞いて、しのぶは困惑した表情になる。 「でも私、上条さんから何かされたわけじゃないし……」  しのぶはそう言って、二学期になってから自分の身に起こった二度の不可思議な事件のことを打ち明ける。 「それは間違いなく、二回とも上条さんが陰で操(あやつ)っているんだよ。廣瀬さんは単なる実行役に過ぎないさ」 「なぜ、そんなことわかるの?」  ここでも真実は隠さざるを得ない。  そうだ、重人はクラス委員なのだから担任から色々公にされていない話を聞かされていたことにしよう。 「本田さんも知ってのとおり、長友さんも散々廣瀬さんからのイジメに苦しめられていたわけだけど、実は上条さんが指示していたんだって。秋山先生がそう言っていた」 「そうだったの……」  しのぶは絶句するが、やがて合点の入った表情になる。 「やっぱり、思い当たることはあるんだね?」 「うん」  しのぶはそれまでのモヤモヤした気持ちが一気に晴れたような気がした。  バトンのときも絵の具のときも、リコではなくさゆりが仕組んだのだと考えると納得がいく。リコの単独犯だとすると、どうにも動機がわからなかったのだ。 「こんなこと、一体いつまで続くのかしら? もういい加減に終わりにして欲しい……」 「大丈夫だよ、安心して。僕はクラス委員として、これ以上イジメの犠牲者は出したくない。本田さんへの次のイジメを未然に防ぐために全力でサポートするから」 「ありがとう」  そのタイミングで、グランドに桐原監督が出てくる。 「さあ、いよいよ練習開始だ。最後に一つ、言っておきたいことがあるんだけど」 「何なの?」 「さっき職員室に行ったとき、先生たちが明日六限目のホームルームで所持品検査をするってヒソヒソ話しているのを聞いちゃった。くれぐれもあの二人からカバンに変なものを入れられたりしないように用心してね」  もちろん先生から聞いたなんてこれまたデマカセだ。  しかし人を救うためだから仕方がない。正直だけが取り柄だと思っていたオレが、まさかここまで嘘をつき通せるとは。康太は自分を信じられない気持ちになる。 「了解! 色々ありがとね」  十日水曜日、五限目の体育。  女子はミニサッカー。  校庭に二面のコートを作り、クラス別に二チームに分かれて戦うのだ。  授業開始から十五分が経過したとき、見学していたリコは腹痛を訴え、松本先生から保健室へ行く許可を得る。  靴を履き替えて校舎の西棟に入ると、あちこちの教室から先生や生徒の声が漏れ聞こえてくるものの、廊下と階段は水を打ったように静かだ。  誰にも見つからずに二年三組の教室にたどり着くと、入口の引き戸は前も後ろもピタッと閉じられ、予想どおり施錠されていた。  リコは頭からヘアピンを一本抜くと、自席に近い後ろの入口の引き戸の開錠に取り掛かる。慣れた手つきで鍵穴を上下左右に二、三度いじくりまわすと、カチッと鍵が外れる。長友美穂の下着を抜き取ったときに学んだコツを手が覚えていた。  教室内に入るとリコは、事前に決めておいたとおり寸分の無駄なく行動する。  まず自席のフックにかけてあるスクールバッグからゲーム機を取り出すと、窓辺から二列目の本田しのぶの席へと向かう。  その際、敢えて腰を屈めて低い姿勢をとる。二階とはいえ窓辺に近いところで大きな身体の生徒が立ったまま動き回れば、校庭にいるクラスメイトから見つからないとも限らないからだ。  ところが、ここで全く予期せぬ事態が――。  五中では入学前の学校説明会で、財布等の貴重品については廊下に並ぶ個人ロッカーで施錠保管することを推奨していることもあって、リコの知り得る限りスクールバッグのファスナーに付いた鍵をいちいち締めている生徒はいない。  ところがしのぶのスクールバッグはしっかり鍵が掛かっているのだ。  たった今こじ開けた引き戸と同じようにヘアピンで鍵穴をいじくり回してみたものの、どうしてもリコの腕では解錠できない。  まさかこんなことになろうとは。頭が真っ白になり思考回路が停止してしまったリコはそれ以上何も考えられなくなる。  六限目のホームルームで行われる所持品検査のこともすっかり忘れてしまっていた。  ただ、いつまでもここにいてはきっと誰かに見つかってしまう! と本能が叫んでいる。  とにかく、保健室に行かねば……。  リコが正気を取り戻したのは、保健室のベッドに横になってからだ。  何かミスを犯したのでは? と急に気になってくる。  やはり……右手にしっかりと自分のゲーム機を握りしめたままではないか。  なぜ途中でどこかに捨てるなり隠すなりしなかったのか……自分を責めてみたところで今さらどうしようもない。  だがまだ運が残されている。今この部屋にはほかに誰もいない。  どこかに隠せば、バレずに済むかも……。  慌ててベッドから抜け出して薬品類が並べられている収納庫のガラス扉に左手を掛けたとき、突然入口のドアが開き、出張から戻った養護教諭が入ってくる。  最終的に、その日の全校一斉所持品検査ではリコを含む五人の生徒のゲーム機と、三人のスマートフォンが見つかる。  教頭先生からの事情聴取でリコは、まさか教室の施錠をこじ開けたことまで白状するわけにもいかず、ゲーム機は下駄箱に隠しておいたものということにせざるを得なかった。  結果、リコの腹痛は体育の見学をサボってゲーム機で遊びたいがための仮病だったと判断された。  この一件で学校側は素早く、かつ厳しく動く。  PTA役員たちの疑念が事実であったと証明されてしまった以上、生ぬるい対応ではPTAと学校の信頼関係が修復困難な状態にも陥りかねないとの危機感があったからだ。  八人の生徒は、ゲーム機あるいはスマートフォンを没収されたのはもちろんのこと、全員が放課後居残りとなり、その日のうちに原稿用紙三枚分の反省文を提出させられた。  さらにとりわけ悪質と判断されたリコは見せしめの意味も込めて、一週間の出席停止を言い渡された。  あてにしていた五千円も手にできず、リコにとって散々な一日となってしまった。      

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