タイムリミット
第3章 新たな出会い1−2

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〈……もっと色々教えて欲しかったのに〉  そう愚痴ったところで、美穂は我に返る。  どうやらしばしの間物思いにふけってしまっていたらしい。  横で窓から身を乗り出して校庭を眺めていた重人が、突然振り向く。 〈もしかして長友さんも天使に会ったの?〉 〈何で?〉 〈だって今、切羽詰まった感じで、『お願い、待って!』って大声で叫んでいたよ〉 〈えっ、本当に?〉  私ったら、声まで出していたなんて。  美穂は穴があったら入りたいような恥ずかしさで一杯になる。何だか顔まで火照ってきた感じさえする。 〈うん。僕たち幽霊が何かを教えてもらえる相手は、天使か幽霊だけだよね。今の長友さんの言い方からすると、相手は天使に違いないなって推理したわけさ〉 〈確かに、《光のリング》のところで半透明の女性には会ったけれど、あの人が天使かどうかわからない。だって、急いでいて名乗ってもくれなかったの〉  そこで、それまで黙って聞いていた康太が口を挟む。 〈天使って、幽霊を天国へ連れていくのが役目さ。天国からこの世に瞬間移動して来て、幽霊を天国の入口の《光のリング》に案内するんだ。男も女も、どちらの天使もいるよ〉 〈へえ、そうなんだ〉 〈重人なんてまだ天使に会ったことすらないんだぜ〉 〈え、ホント?〉 〈確かに僕はまだ《光のリング》を見ていないし、天使にも会っていない。でもそれはそういうチャンスがなかったってだけのこと〉  重人がムキになって言い返す。 〈でもそれにしちゃ山本君って全然不安そうじゃないし、むしろすごく落ち着いて見えるわよ〉 〈そう見える? きっと幽霊にも天国へ行くための方法があるってことを康太君に教えてもらったからだよ〉 〈えっ、そんな方法があるの?〉  重人を見つめる美穂の瞳の輝きが増してくる。 〈ちょっとお二人さん、早くしてくれないかな? もういい加減に本題に入ろうよ。長友さんは今日になって、いったい何で二年三組の教室まで来たのさ?〉  午後三時四十分を指している壁に掛けられた時計を横目で見ながら康太が話を変える。 〈そうだった、ごめん、ごめん〉  頭を掻きながら重人は、美穂に向かって懇願するような口調で続ける。 〈康太君は四時から野球部の練習があるから、もうあまり時間がないんだ。だから長友さんが先に康太君の質問に答えてくれないかな? 康太君が練習に行ったあと、僕が知っていることは何でも教えてあげる。それでいいよね?〉 〈……わかった〉  美穂も自分がここにいる目的を思い出したようだ。 〈実は私、本田さんのことが心配で、先週の木曜日から今日まで三日間ずっと学校で本田さんのことを見ていたの〉 〈ウッソー〉と康太。 〈でも、教室には入ってこなかったでしょ? さっきまでは長友さんを一度も見かけた記憶はないもの〉と重人も首を傾げる。 〈ええ。私はずっと遠巻きに見ていただけ。自分の姿が見えないってわかってはいるんだけれど、どうしても私をイジメ続けた上条さゆりと廣瀬リコのそばには行きたくなかった。だから、教室で授業の間はずっと廊下にいて引き戸の窓から中を覗いていただけだし、体育のときは西棟と南棟の間の渡り廊下(二階)から校庭のみんなを眺めていたの〉  好きになった男子に告白するような感じで、美穂は恥ずかしそうに言う。 〈それで何かわかった?〉  間髪を入れず康太が訊く。 〈案の定本田さん、あの二人のイジメの新たなターゲットになってしまったみたい〉 〈え、マジで?〉と康太。 〈ええ。私が気づいたたけでも三日間で二回、体育と美術の時間に間違いなくあの二人のイジメに苦しめられていたわ。それでなんとか助けてあげられないかとあれこれ考えて、あそこでボーッとしていたら、あなたたちに見つかったと言うわけ〉  一人で抱え込んでいた悩みを打ち明けたことで、美穂の表情は一気に和んでくる。 〈でも長友さん、三日間も二年三組の様子を見ていたのなら、僕のことは見えていたんじゃない?〉  重人が素朴な疑問を口にする。 〈言われてみれば、時折幽霊らしきものが見えていたような気はするけど……まさかそれが山本君だとは夢にも思わないから……よくわからなかった〉  美穂は正直なところを言う。 〈つまり、おまえは影が薄いってことだよ〉と康太がからかうと、〈半透明なんだから、当たり前じゃん〉と重人もムキになって言い返す。 〈そうよ、瀬川君なんか、どこにも半透明の影すら見えないじゃない。山本君の方がずっとマシだわ〉  二人の間に割って入った美穂が、重人の肩を持つ。  重人は嬉しそうに、美穂にハグのマネごとをする。  そんな二人の様子を見ながら康太は考える。  幽霊と会話ができる能力は、神様が期間限定で特別に与えてくれたものだ。それは裏を返せば、何かやりたくても何もできない幽霊の手助け役を、神様はオレに期待しているということなのだろう。それなのに今、オレは幽霊をからかうなんて、真逆のことをしてしまった。早く仲直りしなければならない。 〈ゴメンな、幽霊をからかったオレが悪かった〉 〈僕の方こそゴメンなさい〉と重人も素直に謝る。  そのとき、先週の土曜日にリビングルームの書架から引っ張り出してソファーでゴロゴロしながら読んだ本のことが康太の脳裏に浮かんだ。 〈これからオレたちは、協力して『三本の矢』になろうぜ!〉 〈康太君、ずいぶんカッコいいこと言うね。もしかして書棚にあった『毛利元就の伝記』を読んだの?〉  驚きと感嘆の入り混じった表情で重人が訊く。  先週末は土日のどちらも康太に外出の予定がなかった。  幽霊になって以来、康太がいつボロを出しやしないかと心配で、片時もそばを離れずに神経を研ぎ澄ませていたので、知らぬ間にストレスが溜まりに溜まっていたのだろう。二日間とも、リビングルームのソファーで結構な時間ぐっすり昼寝をしたことを思い出した。  でもその合間に、読書嫌いだった康太がまさかそんなお堅い書籍を読んでいたとは……。 〈まあな〉と康太はさりげなく答えるが、重人に褒められて悪い気はしない。 〈確かに、僕たち幽霊だけでは人間に対して何もできない。康太君だって、僕たちの集めた情報がなければ、動きようがないよね。つまり、『一本の矢』では弱いけれど『三本の矢』なら本田さんを助けられるってことだね〉  重人が分かりやすく解説すると、〈そういうことなのね〉とそれまで首を傾げていた美穂も納得顔になる。

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