タイムリミット
第3章 新たな出会い3−1

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 二人きりになると、まず重人は約束どおり幽霊が天国へ行くための方法について詳しく説明する。幽霊同士の会話は人間には聞こえないので、安心して声を出して。  その中で特に強調したのは、美穂が恵まれた幽霊だということ。  通常幽霊が【善行】をするための‘手足’となるのはイヌだけであるのに、美穂の場合は半年間の期間限定とはいえ康太という頼もしい助っ人もいるのだ。  聞き終えた美穂は、明らかに眼の輝きが違っていた。 「私、一日でも早く天国に行けるように、瀬川君の力を借りて人助けをたくさんやるわ!」  その力強い決意表明から、重人にも美穂の精神状態が前向きなものに変わってきたことが伝わってくる。  よし、今なら訊きにくいことを訊いても大丈夫だろう。  重人はパンドラの箱を開けるつもりで、美穂を自殺に追い込んだイジメについて探っていく。だがさゆりとの話となると、美穂の口はなかなか軽くはならない。それでも粘り強く訊き出していくうち、絡まった糸がほぐれるように明らかになったその全貌とは――。  美穂とさゆりはかつて親友とはいかないまでも、結構親密な間柄だった。  小学校が違う二人の出会いは、美穂が小学五年のとき。  母親とともにさゆりの家のホームパーティに招かれたのだ。  料理が趣味のさゆりの父親は時折、慰労を兼ねて社員を家族ともども自宅に招き、自慢の手づくり料理を振舞っていた。  その日のことを美穂は今でも良く覚えている。  メニューはエビチリ、酢豚、小籠包などの中華が五、六皿。どの料理もさゆりの父親が腕によりをかけて作っただけあって、とても美味しかった。  招待客は美穂と母親の二人だけで、ほかに食卓を囲んだのはさゆりと両親の三人。さゆりの姉は、ちょうどおばあちゃんのウチに遊びに行っていていなかった。  さゆりを一目見て、芸能活動でもしているのかと思った。  やや取っ付きにくそうで冷たい感じはするものの、スタイル抜群でとても美しい。自分が癖っ毛でショートカットにせざるを得なかったので、艶やかなロングヘアーが羨ましかった。母親はやや太めで普通の顔立ちだったが、長身の父親は細面のイケメンでさゆりと目鼻立ちがとても良く似ていた。  食事が済むとリビングに移り、大人は食後のコーヒーを飲みながら談笑を始めた。  子供たちはトランプで遊ぶことにする。  「何をやろうか?」とさゆりに訊かれ、美穂は得意の「神経衰弱!」と即座に答えた。さゆりにも異論はなかった。  記憶力に多少自信を持っていた美穂は都営住宅の友達の中では一番強く、もちろんそのときも負けるつもりなどなかった。しかし予想に反してさゆりはもっと強かった。五回戦って全敗。全く歯が立たなかった。  そのとき、ふと思った。さゆりにはあらゆる面で敵わないな、と。  素晴らしい両親、羨ましいような豪華で立派な家、生まれもった美貌。どれもこれも母子家庭で慎ましく暮らしている自分には手の届かないものばかりなのだ。さらには、図抜けた記憶力まで持っている。きっと勉強もできるに違いない。  それから、さゆりは休みの日に時折美穂を誘ってくるようになる。  最初の誘いは唐突なことだったので、強く記憶に残っている。  ある土曜日の昼前、突然電話が掛かってきた。 「家庭教師の大学生が急に来れなくなったの。もし良かったら、これから遊ばない?」  住む世界が全く違う子だと思っていたので、正直驚いた。 「私でいいの?」と訊き返したら、「一度遊んで、気が合うと思ったから。それに美穂って私の憧れているアイドルと雰囲気が似ているし」。それは嘘には聞こえなかった。  次第に美穂も、次のさゆりからの誘いを心待ちにするようになる。  相性も良かったのだろう。頭の回転が早いさゆりと話していると楽しかったし、姉や家庭教師の大学生から得たらしい様々な大人の世界のことを教えてもらえるのも嬉しかった。  その上、さゆりは気前がいい。  「誘ったのは私の方だし、お小遣いをたっぷりもらっているから」と二人のときの飲食代はすべて美穂の分まで払ってくれるのだ。  だが一度だけ、二人の仲にヒビが入りかけたことがある。  それは渋谷で映画を観た帰り、カラオケルームに寄ったときだった。  ともに歌唱力で定評のあるガールズボーカルグループの大ファンだったこともあり、いつの間にか彼女たちのヒット曲をさゆり、美穂の順で歌い合う流れとなる。  前もってどちらがうまく歌えるか競争しようということで始めたわけではなかったけれど、そのカラオケ機は歌い終わったあと自動でディスプレーに得点が表示されるため、否が応でも目に飛び込んでくる。  一曲目はさゆり74点に対して美穂80点、二曲目はさゆり80点で美穂88点、三曲目はさゆり85点、美穂90点……何曲歌っても美穂の点数の方が高く出る。さゆりも当然それに気付いているようで、止めようとせず、「もう帰ろうよ」と言っても睨み返される。  結局、一時間の予定で入店したところが、三十分ずつ二度延長。延々二時間歌い続けたにもかかわらず、一度もさゆりの点数が美穂を上回ることはなかった。  家への道すがら、何を話し掛けてもさゆりは押し黙ったまま。  それまで、こんなことは一度もなかった。二人の間に何やら気まずい空気が流れた。  そのとき美穂は気が付いた。さゆりには何事も決して勝ってはいけないのだ。  もう二度と、一緒にカラオケだけは行くまい。そう固く心に誓った。  昨年四月、美穂とさゆりは同じ五中に進学した。  偶然クラスも同じになり毎日顔を会わせるようになると、美穂はさゆりの凄さを実感することになる。本当にあらゆる面でさゆりには敵わなかった。  奥手で身長も百五十センチそこそこしかない美穂がまだ小学生でも十分通ったのに対して、さゆりは急速に大人びてきた。  薄化粧を始めたせいか、もともと整った目鼻立ちはより洗練されたイメージになり、身長も一七十センチ近くまで伸びた。ロングヘアはより艶やかに、色白の肌はよりきめ細くなり、まだ十三歳だというのに既に大人の女性の雰囲気を醸し出している。  背筋を伸ばしてただ席に座っているだけで、さゆりは同性であってもずっと眺めていたいような素晴らしい絵になるのだ。嘘みたいな話だけれど、授業そっちのけでさゆりに見とれていた男子が先生に叱られたことも。  部活は運動が苦手な美穂が吹奏楽部を選んだのに対して、スポーツ万能のさゆりが入ったのはバスケットボール部。背が高く反射神経の優れたさゆりはすぐに頭角を現して、七月からの都大会予選では一年でただひとりベンチ入りメンバーに抜擢された。  勉強も、さゆりは決して手を抜かなかった。  小学校から続けていた週二回の家庭教師に加えて、新たに塾にも週三回通い始める。その甲斐あって中間テストも期末テストも成績はクラスでトップ。もちろん一学期の通知表に並んだ数字は全て「5」。ちなみにオール「5」はもう一人、隣のクラスの山本重人だけだった。  そんな多忙なさゆりなのに、休みの日になるとそれまでよりもむしろ頻繁に美穂を誘ってくるようになる。  昔からのよしみの美穂以外には親しい友達ができなかったのだろう。万事につけて隙の全くないさゆりに、ほかの女子が気後れしたのかもしれない。  美穂にとっても、それは歓迎すべきことだった。  小学校低学年の頃、裕福でいかにも育ちの良さそうな可愛い子と席が隣同士になったことがある。その子とは話も弾んだし、仲良くなりたいと美穂は願った。  でも、それは叶わなかった。あとで人づてに聞いたところでは、母子家庭の子なんかと付き合ってはダメよ、と親に強く反対されたらしい。  そのことがトラウマとなって、その後は自分から親しい友達をつくることを避けてきた。  つまり美穂にとっても、さゆりは唯一の親しい友人といえた。  二人で会うといっても、映画を観に行くとかショッピングをするとか、何か特別の目的があったわけではない。渋谷や原宿のファーストフード店でデート。それがお決まりのパターンだった。  窓辺のカウンター席に並んで座って道ゆく人を眺めながら、一杯のドリンクだけで時の経つのも忘れてとりとめのないオシャベリを楽しんだ。  それだけで美穂は嬉しかった。さゆりが自分を選んでくれたことで、鼻が高かった。  そんなとき、「ねえ、そこの可愛い二人組。アイドルを目指さない?」と芸能事務所のスカウトから声を掛けられたこともある。  私たちってお似合いなのよね!  いつまでも二人の仲が続くことを美穂は心の底から願ったものだった。

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