タイムリミット
第3章 新たな出会い8−1

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 六限目は秋山先生の国語。  授業開始から十五分ほど経過したとき、突然前の引き戸が開く。  慌てた様子で駆け込んできた事務室の職員が先生に、電話が入っているので来て欲しいと告げる。長友美穂がアルバイトをしていた新聞販売店の店主からで、急ぎの要件だという。  秋山先生は生徒に自習しているようにと言い残し、駆け足で事務室へ向かう。  もちろん、重人と美穂もあとを追う。 「お待たせしました。長友美穂の担任の秋山です」  息を弾ませた先生が受話器に向かって言うと、店主と思しき人の大きな声が受話器から漏れ聞こえてくる。  どうやら新しいアルバイトに使わせたいので、なるべく早く美穂が使っていた従業員ロッカーの中の私物を引き取りに来てくれないかと言っているようだ。 「お話はわかりました。少々お待ちください」  先生は壁に掛かっているカレンダーを見て、自分の予定を確認する。 「えーと、本日は放課後に区の教育委員会に出張してしまいますので残念ながら無理ですね。土、日は遠距離通勤なものでご勘弁いただくとしまして、来週の月曜日の午後四時に伺うということでよろしいでしょうか?」  申し訳ないといった表情で、先生は受話器に向かって頭を下げる。  店主は了解し、電話が切れた。  その日の放課後。  掃除当番を終えたリコは午後四時ちょうどに、生徒指導室のドアをノックする。  幅が狭くて奥行きがあるその小部屋は圧迫感があり、テレビの刑事ドラマで見る取調室のような感じがする。  リコが入るのは先日のゲーム機の件以来二度目だ。  中央に置かれた長テーブルの向こうには、厳しい表情の教頭先生と秋山先生が並んで持ち構えていた。教頭先生から手前の椅子に座るように促され、素直に従う。 「君が今日の四限目をサボってやらかした窃盗未遂事件だが、ここに来る前、その件について誰かに話をしたか?」 「いいえ、していません」  それは嘘ではなかった。  事前にさゆりからは、今回の企てが成功してもしなくても二人の共謀がバレないよう、その後は下校するまで一切この件に触れないよう指示されていた。  とは言っても、今日のさゆりの頭の中には失敗という文字はなかったに違いない。朝からずっと上機嫌でいつもとは別人のようだった。本田しのぶに復讐できる瞬間を今や遅しと心待ちにしているのが手に取るようにわかった。  ところが昼休みに森山みどりが自分のロッカーを開けて封筒を取り出すのを見た途端、表情も態度もガラッと百八十度変わった。目が合うと、必ずリコを睨みつけてくる。  さゆりの心の中で、リコに対する怒りが爆発してしまったのは明らかだった。  だから、リコはこの部屋に入る前に、共犯としてさゆりの名前を決して口にするまいと心に決めていた。  リコにとってさゆりはある意味金ヅルなのだ。今回の件でさゆりがこれ以上自分に対する怒りを増幅させてしまって、決別なんてことになるのは絶対に避けたかった。 「それでは、あのメモ書きを渡してくれた友人の名前を言う気になったか?」  教頭先生は予想どおりのことを訊いてくる。 「いいえ、言えません」 「では、私から言おう。その友人の名前は上条さゆりだよな」  やけに自信ありげに教頭先生は言う。 「……」  その名前を聞いても、リコは黙したままだ。ただ、その表情に一瞬動揺が走ったところを教頭先生は見逃さなかった。 「実はさっき、二年三組の生徒がどんな『8』の字を書くか、全員の書き方を調べてみたんだよ」  机の上には、一昨日行われた数学の小テストの解答用紙がクラス全員分置かれている。  いまだ興奮冷めやらずといった話し方で、教頭先生は続ける。 「その結果、二年三組でこの紙切れと同じく、団子を二つ重ねたような形の『8』の字を書いていたのはたった一人、上条さゆりだけだったと言うわけだよ」 「でも先生、友人って、何も二年三組にいるとは限らないじゃないですか。実際、上条さんではありません」  それでもリコは必死に否定する。ここでさゆりを巻き込むわけにはいかないのだ。 「教頭先生、まだ決めつけるのは早いのでは?」  そこで秋山先生が口を挟んでくる。 「え?」 「あの紙切れに書かれた数字で、珍しい書き方なのは『7』も同じです。横に一本短い棒が入っていて、カタカナの『ヲ』のようにも見えます。それで気になってクラス全員の書き方を調べたところ、上条以外にも同じような『7』を書いている生徒が二人いました。ですから『8』の書き方だけで上条と決めつけるのはどうかと……それにまた父親のPTA会長と一戦交えることにもなるでしょうし……」  秋山先生はシドロモドロになりながら、リコの主張を援護する。 「それもそうだな。急ぎすぎると、墓穴を掘ることにもなりかねないね。もう少し調べてみるとするか」  教頭先生は案外素直に折れる。 〈秋山先生が『PTA会長』って言葉を口に出したとき、教頭先生の顔から一瞬血の気が引いたように見えたよね〉  近くで見ていた美穂が重人に言う。 〈そうだね。この前、長友さんも校長室で見たんだよね。上条さんのお父さんがとても怖い人だってところ。きっと教頭先生は、今度怒らせたら自分の将来に間違いなく悪い影響が出るだろうって、そう感じたんじゃないかな〉  重人の読みは当たらずとも遠からずといったところだろうと美穂も思う。

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