タイムリミット
第3章 新たな出会い2−1

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 時計の針を気にする素振りをみせた康太を見て、重人が訊く。 〈じゃあ、あまり時間もないことだし話を戻そう。どうして長友さんは、本田さんがイジメられるって心配になったの?〉 〈偶然なんだけれど、私見たのよ。上条さゆりの父親が学校に来て校長先生たちと話しているところを。三日水曜日の夕方六時少し前のことだった。もうあれから一週間ぐらい経つけど、その日は私が死んでから初めて外出した日だったのでよく覚えているの〉  美穂は遠い目をして振り返る。  老人ホームの前で《光のリング》に入れなかったことはショックだったけれど、すでに諦めていたことなのだからと美穂はすぐに気を取り直した。  ただ、あの女性が去り際に「すぐには……」と言ったことが引っかかっていた。  その言葉の裏には、いつの日か自分も天国へ行けるという意味が込められているように思えてならなかった。その真偽の程を確かめるためには、自分以外の幽霊に訊いてみるのが一番手っ取り早いに違いない。  再び歩き始めた美穂の足に力がこもる。  幽霊は水辺を好むなんていう都市伝説の類いをどこかで聞いた記憶もあり、とりあえずいつもの通学路を通って明和川近辺を探すことに。  歩き始めて五分ほどが経ち、五中の正門を通り過ぎようとしたとき、駐車スペースに停められた国産高級車からPTA会長でもある上条さゆりの父親がちょうど降り立ったところに遭遇する。  上条氏はとても厳しい表情をしていた。  何か腹に据えかねたことでもあったのだろうか? もしかして自分に関わりのあることなのかも、と嫌な予感もしてくる。  美穂は幽霊探しを中断して、上条氏のあとをつける。  二年生に進級してからは辛い思い出ばかりで近寄りたくはない学校ではあったけれど、好奇心が勝った。  玄関でスリッパに履き替えた上条氏は、廊下を進んで校長室へ向かう。  中では校長先生と教頭先生、それにさゆりの担任の秋山先生が待っていた。 〈上条さゆりのオヤジは、何の用事で学校へ来たのさ?〉  康太は興味津々といった様子だ。 〈それがね、息巻いて抗議に来たのよ〉  校長に勧められてソファに腰を下ろすや否や、上条氏は、「昨日、さゆりは担任から濡れ衣を着せられた。長友美穂の茶封筒を奪おうとしていたなんてことは、全くのデタラメだ。不愉快極まりない」と言ったようなことを何度も捲(まく)し立てた挙句、「二人の言い争いを目撃したと先生に告げ口したのは、誰なのか教えろ」と脅しをかけてきたという。  それで、康太はあの日秋山先生と交わした約束を思い出した。  目撃者については決して口外しないと固く約束してくれたはずだ。 〈まさかとは思うけど、秋山先生は本田さんの名前を口にしなかったよね?〉  康太が心配そうに訊く。 〈……ええ〉  美穂が曖昧な返事しかしないものだから、重人が別の切り口から訊き直す。 〈でも長友さんが今こうして本田さんのことを心配しているっていうことは、つまり、校長室でそのとき誰かが本田さんの名前を上条さんのお父さんに教えちゃったってことになるでしょう?〉 〈秋山先生が言ったんじゃないのよ。でもね、上条さんの父親が、『この件をPTAとして区の教育委員会へ訴えるぞ』って脅したものだから……校長先生がポロっと本田さんの名前を口に出しちゃった。つまり秋山先生も上司の校長先生には包み隠さずに全て報告していたってことね〉  校長が我が身可愛さから口を滑らせてしまったことで、本田しのぶにどんな危害が及ぶのか? 考えただけで、康太は背筋が寒くなってくる。 〈それって、とってもヤバいんじゃない〉 〈そう。だから私、本田さんのことが心配になったの〉 〈確かにヤバいね。もし本当に濡れ衣なら、上条さんはプライドを傷つけられたことになるし……本田さんの推理が当たっていたとすれば、上条さんは強盗罪か恐喝罪を犯したわけで、バレたら警察沙汰ってことも十分あり得るね。どっちにしても上条さんは本田さんに復讐してくるんじゃないかな〉  頭脳明晰で知識が豊富な重人はさすがと思わせる深読みをする。 〈で、本当のところはどうだったのさ?〉  当事者の美穂がなかなか真実を語らないので、痺(しび)れを切らせた康太が急かす。 〈あの日西山公園で上条さんに待ち伏せされて、もらったばかりの八月分のアルバイト代を封筒ごと全額奪われて……〉  思い出したくなかったことを語る美穂は涙声だ。 〈全額って、いくら?〉と重人が訊く。 〈五万円〉 〈えっ、一ヶ月でたったそれだけしかくれないの?〉  重人は開いた口が塞がらない。 〈八月に働けたのは半月ちょっとだけだったから〉  美穂の当初の予定では、八月はフルに働いて九万円は稼げるはずだった。けれども予期せぬ事態に見舞われた。  八月五日に母親の病状が悪化して、以後寝たきりになってしまったので、十七日にベッドが空いて再入院するまで、朝から晩まで付きっきりの看病と家事全般の負担がのしかかり、アルバイトを休まざるを得なかったのだ。  結果、アルバイトで稼いだ金額は七月分の三万円と合わせて八万円にしかならなかった。  それでも学校に支払う修学旅行積立金の不足額五万円には十分のはずだが、実は美穂にはほかにも人には言いたくない借金があった。 〈それにしても、お金持ちの上条さゆりが何でその五万円を奪おうなんて?〉  康太はついにこのトラブルの核心に迫ろうとする。 〈元々は、私があの日バイト代をもらったら五万円返すって約束して……ところが予定が狂ってもらえる金額が大幅に少なくなってしまったから、冬休みまで返済を待ってくれないかとお願いしたところだった。でも上条さんはなかなか納得してくれなくて……結局バイト代全額を封筒ごと奪われてしまったというわけなの〉  本音では天国まで持っていってしまいたかった秘密だったのだろう。美穂の口ぶりはとても重い。 〈え、長友さんは何で上条さゆりにお金を返さなきゃいけないの?〉 〈……〉。美穂は俯いて押し黙ったままだ。  納得がいかない康太は、首を傾げながらさらに追求する。 〈それって、カツアゲ? もしかして長友さんは上条さゆりからイジメを受けていたの?〉  その問いかけに美穂は〈そう〉と小さく頷く。 〈廣瀬リコからイジメられていたというならわからないでもないけど、まさか上条さゆりからとは……〉  席がくっついている教室での三人の様子を思い起こしながら、康太は信じられないといった表情で絶句する。 〈二人はグルなの。実行役はいつも廣瀬さんだったけれど、たいていの場合裏で指示していたのは上条さんよ〉  美穂がボソッと言う。 〈オレには全然わからなかった〉  康太が後ろめたそうに言うと、重人も口を挟む。 〈ごめんなさい、今更だけど。長友さんが自殺しなければならないほど苦しんでいたなんて、僕も全く気が付きませんでした。頭の良い上条さんのことだから、よほど巧妙なやり口だったんだろうね。いずれにしても教室内のイジメに気が付けなかったなんて、僕はクラス委員としては失格だ〉 〈私って我慢強いのよ。それに、もし私が辛そうにしていてイジメが発覚したとして、山本君は本当に私を助けてくれた?〉 〈……〉  痛いところを突かれた重人は返す言葉が見つからない。 〈ねえ、そのイジメって、いったいいつから始まったの?〉  練習の時間が迫ってきた康太が、教科書をしまいながら話を変える。 〈その日のことは、よく覚えている。あれは五月の連休が終わった翌々日、つまり五月八日水曜日のことだったわ〉 〈なんでそんなにはっきり覚えているんだい?〉  重人が不思議そうな顔になる。 〈それはね、その前の日にコンビニで片山俊一君と初めて二人でお話をして……その翌日のことだったから〉  そう答える美穂の顔は心なしか赤らんできたように見える。 〈えっおまえ、あのバスケ部の片山と付き合っていたのかよ?〉  驚きのあまりか、康太は目をまん丸にする。 〈片山君ってカッコイイし、頭もイイし、モテモテでしょう? よく長友さん、彼を射止めたよね〉  重人も感動した気持ちを隠そうとしない。 〈違うの! 片山君はただのお友達よ。私のような貧しい娘を恋人にしようなんて、彼だって思うわけないわよ〉  美穂はムキになって否定する。 〈みんな最初は言い訳するもんだよな〉  康太がにやけた表情で言う。 〈彼のお父さんのクリニックへお母さんに付き添って毎週通っているうち、偶然片山君とも話す機会があって、仲良くなっただけなの。彼ってああ見えて料理をするのが好きらしくて、色々オリジナルなレシピを考えているので是非私にも紹介したいって、前々から言われていたから……〉  康太も重人も興味津々といった感じで、横ヤリを入れることもなく静かに聞いている。  美穂は懐かしそうに続ける。 〈確かあの日は片山君が、あまり手間がかからなくてお母さんの身体にも良いお料理を幾つか教えてくれた〉  母親が病に倒れてからは家事全般と母親の看病に明け暮れた美穂にとって、片山俊一との束の間の逢瀬は辛かった人生の中の清涼剤のようなものだったのだろう。 〈もし頑張って生きていれば、二人は本当の恋人同士になれたかもな〉  康太のノー天気なひと言で、美穂は今にも泣きそうな顔になる。 〈ごめん、長友さん。康太君がKYなこと言って〉  重人は康太に代わって謝りつつ、さらにまだ解決していない疑問を口にする。 〈話を元に戻すけど、何で上条さんたちからのイジメが、その初デートの翌日から始まったんだと思う? 何か心当たりはないの〉  デートではないと言い訳しながら、美穂は記憶を辿っていく。

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