タイムリミット
第2章 新たな人生1−2

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 信号が変わり、ドイツ車は再び動き出す。 「康太君とおまえは、幼い頃からまるで双子の兄弟のように仲が良かったものなあ……康太君ってスポーツマンで爽やかな好青年だった。ご両親の気持ちを考えると胸が痛むよ」  父親は、やや涙声で助手席の母親に話し掛ける。 「そうね。康太君って笑顔が素敵な子だった。底抜けに明るくて、見ているだけで何だか私まで明るい気持ちになってきて……とても不思議な魅力があったわね」  「……葬儀は明日十時からだったよな。月曜は外来の診察担当ではないから、朝電話して休暇をもらおう。葬儀には、俺も君と一緒に参列することにするよ」 「それがいいわね。二人で康太君の冥福を祈って、ご両親にお悔やみを言いましょう」  そんな二人のやり取りを聞きながら、康太はこそばゆいやら気恥ずかしいやら、その場から逃げ出してしまいたいような気持ちになる。  しかし、さすがにそうはいかない。 「……かあさん、もちろん僕も康太君のお葬式に行くんだよね?」  重人の話し方を自然とマネることができたことでホッとしている康太に、母親は意外な反応をする。 「いいえ、あなたは明日から学校よ。だから、五中の生徒たちがあんなにたくさんお通夜に来ていたんじゃないの」 「そうだった、学校が始まるんだった。忘れていたよ」  根っから勉強嫌いの康太は残念そうに言う。 「何言っているの? 一昨日もあなた言っていたわよね。夏休みって長すぎる。早く学校でいろんなことを勉強したいって」 「そうだっけ」 「そうよ。あなたは小学校のときから毎年、八月の終わり頃になると決まって、早く二学期が始まらないかなあって口癖のように言っていた」  母親がまた、疑いの眼を向けてくる。 「……そうだったね。思い出したよ」  康太は嘘をつく。これ以上重人の中身が違うと疑われたら、もう逃げ場がない。  本能が助け舟を出したのだ。 「それなら良かったわ」  だがそれは口先だけのようだ。  母親からは依然として疑いの眼差しが向けられている。 「……けど、まだ僕の記憶は元どおりじゃないみたい。きっと、これからも変なこと言ったりするよ。しばらくは……」  それを聞いた母親からようやく笑みが漏れる。 「確かに、完全に戻るにはもう少し時間がかかるのかもね」 「うん」  内心はヒヤヒヤものだった康太も思わず破顔する。  ドイツ車が五中の正門前を通過するとき、ハンドルを握る父親が再び口を開く。 「ここか、康太君の事故現場は。車道に出るとき安全確認をきちんとしていればな……」 「ええ……」  母親は頷きながら、両手を合わせて黙礼する。 「……重人、いつまでも責任を感じている必要はないんだ。おまえにできることは、奇跡的に助かった命を大切にすることだぞ」  父親は自分自身にも言い聞かせるように言う。 「そうよ、重人。きっとこれは神様の思し召しなのよ。あなたがやるべきは、康太君の分まで頑張って生きることじゃないの」  母親も同じようなことを繰り返す。 「もうわかっているってば。病院で一晩寝て、心の整理はついたよ」  重人の口ぶりを真似て苛立ち気味に返しながら、康太は自問自答する。  からっきし勉強が出来ないオレは、これからどうやってこの教育熱心な両親の期待に応えていけばいいのか? そんなこと、このオレにできるのか? いや、やるっきゃない。これはいよいよもって大変なことになったぞ、と。  自宅に着くと、リビングルームに置かれた電話機の青ランプが点滅しており、メッセージが一件残されていた。  母親が再生ボタンを押すと聞き慣れた声が聞こえてくる。 「私、二年三組担任の秋山です。先ほどクラスの電話連絡網を回しましたが、山本さんがご不在だったと報告があったものですから、改めて私からご連絡を差し上げた次第です」  そう前置きした上で、先生はクラス全員に流した連絡事項を淡々と伝える。 「明日朝は登校時間を二十分早めて午前八時とし、始業式前にクラスで『瀬川康太君と長友美穂さんのお別れ会』を開きます。実は全くの偶然なのですが、瀬川君が事故死した日に、長友さんは飛び降り自殺しました」  同じクラスの女子生徒まで自殺したことは、康太にも衝撃だった。  天国に旅立ったエリカの自殺にはイジメという明確な原因があったけれど、美穂の場合は何を思いつめたのだろうか?   親しく話をしたことはなかったが、やるせない気持ちで一杯になる。  最後に先生は付けくわえる。 「山本君が昨日校庭で自殺を図った件は、発見した警備員と野球部監督の桐原先生ほかごく少数の者しか知りません。引き続き情報管理は徹底しますのでご安心ください。ですが、もし明日の朝山本君の体調が戻らず登校できない場合には、学校まで電話でご連絡をお願いいたします」  メッセージを聞き終えた母親が、安堵の表情で重人に言う。 「よかったわ、まさに不幸中の幸いね。あなたがあんなことをしようとしたことを、友達は誰も知らないって」 「うん、そうだね」  康太は頷きながら、もし自殺未遂のことがクラスメイトに知れ渡っていたら、オレぐらい図太いヤツでもみんなから好奇の目で見られるのに耐えられるかわからないな、と思う。 「あなた、さっき言っていたわね。もう、心の整理はついたって」 「うん、言ったよ」 「じゃあ、明日は登校するの?」 「もちろん。クラス委員としては、葬式に出られない代わりに、何としても『お別れ会』に参加しなくては」  康太は自然にそう答える。  もう、重人になりきるしか選択肢はないということを康太の頭脳も受け入れたようだ。 「でも、なんで長友さんは自殺したのかしら?」 「さあ?」  果たして、クラス委員の重人は何か見聞きしていたのだろうか。

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