謎部屋トリップ
ここはどこだ

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 誰かが呼んでいる。 「ユヅル」  この声は。  今にも泣き出しそうな顔の母がそこにいた。 「母さん」 「よかった。目が覚めたのね」  よかったって。寝ぼけた頭をどうにか回転させて現状を把握する。  これはいったいどんな状況だ。えっと、ここはどこだ。天井をみつめてから部屋の様子を窺う。家だ。自宅だ。俺の部屋だ。けど、どこか違って見える。俺が家を出てから親父のやつが模様替えでもしたのか。  いやいや、待て待て。冷静になれ。問題はそこじゃない。  なぜ、母がいる。  本来あるべき世界へと戻ったってことか。  作戦が成功したってことか。母が生きている世界に俺はいるのか。それじゃ魔主は退治されたってことか。本当にそうか。あの余裕たっぷりな魔主がやられたとは思えない。それじゃ、ここはいったい。 「ユヅル、ぼんやりして大丈夫。どこか頭でも打ったの」 「いや、それはないと思うよ、母さん」 「なんだか変よ。大人みたいな話し方して。『母さん』だなんて、いつも『ママ』って呼んでいるじゃないの」  えっ、ママ。そんな呼び方はしない。いや、子供の頃はそう呼んでいたかもしれない。大人になった俺は母を呼ぶ機会はなかったからよくわからない。  んっ、大人みたいな話し方って言ったか。  何かがおかしい。 「ハルカ、ユヅルが目覚めたのか」  この声は、親父か。  母がいるから、親父の姿が見えない。そう思っていたら、親父が顔を覗かせる。  俺の思考が停止した。  親父の顔が若い。この顔は母と一緒に撮った写真のときのもの。よく考えてみれば、母も写真の頃と同じじゃないか。なぜ、気がつかなかったのだろう。  まさか。  俺は慌てて起き上がり、鏡を探した。 「ユヅル、どうしたの」  母の声を無視して鏡を探す。この部屋にはない。そうだ、洗面所の鏡だ。俺は急いで階段を下りていく。あれ、なんか変だ。手摺りの位置ってこんなに高かっただろうか。俺の手、小さくないか。階段の途中で立ち止まり、自分の手を凝視する。やっぱり小さい。足も小さい。もしかして、戻ったんじゃなくて、俺は子供の姿のままなのか。子供の俺の中にいるってことか。  まだ二十年前なのか。  どこからか魔主の笑い声が聞こえてきた気がしてあたりを見回した。  気のせいだろうか。  違う。あいつは退治されてはいない。俺は、子供の身体から抜け出せなくなってしまったのだ。ある意味、俺は閉じ込められたってことか。それなら、稲山様は、みのりは、猫地蔵はどうなった。 「ユヅル」  振り返ると母の不安そうな顔があった。  これは、きっと俺が望んでいた世界じゃない。母は違いうちに天国へ旅立ってしまうはずだ。どうしたらいい。まだ、何か手があるのだろうか。  そうだ、自性院に行かなきゃ。猫地蔵と会わなくちゃ。それとも、稲山様のいる皆中稲荷神社に行くべきだろうか。この家から近いのは、どっちだろう。そもそも、歩いて行けただろうか。 「あなた、やっぱり一度病院で診てもらいましょうよ」 「そうだな。そのほうがいいかもしれないな」  違う。俺はどこもおかしくはない。今の状況を解決させるのは病院じゃない。けれど、そんなことを話したところでわかってくれないだろう。余計、心配させるだけだ。どうしたらいい。今すぐにでも稲山様か、猫地蔵に会いに行きたい。行きたいけど、心配をかけたくもない。俺がまだ五歳児だとすれば、急にどこかへ出掛けていったら絶対に心配する。まずは、親父と母を安心させるほうが先決だろうか。 「かあ……」  危ない。母さんじゃなくてママだ。ということはパパって呼ばなきゃいけないのか。仕方がない。なんか気持ち悪いけど、今の俺はまだ子供だ。それじゃ、『俺』って言うのもやめたほうがいいのかもしれない。 「ママ、パパ。僕は大丈夫だよ」  満面の笑みを浮かべて親父と母のもとへ行き抱きついた。 「本当に、大丈夫」 「うん」 「けどな、念のため診てもらおう。庭で倒れていたんだから、頭を打っている可能性がある」  結局、病院に行きMRI検査することになった。もちろん、結果は異状なし。  これで、ふたりも安心できたはず。俺は、他のみんなのことが頭から離れず、気が気ではなかったけど。  加奈や康也はどうなっただろう。きっと混乱しているだろう。康也はもしかしたらまだ夢が醒めないのかなんて思っているかもしれない。いや、もう気づいているだろうか。夢なのではない、現実だと。  早く、みんなに会いたい。会って、無事を確かめたい。  一番家が近いのは、加奈のところだ。どうしたらいいのだろう。  先に、稲山様のところに行くべきだろうか。  その前に、会えるのだろうか。  稲山様たちが、もしも魔主によって封印されていたらどうしよう。封印どころか抹殺されている可能性だってある。そうなったら、もう取り返しがつかない。もう二度と、本来あるべき未来を見ることはできないだろう。  俺は家に帰る車の中でぼんやりと外を眺め、不安の渦へと落ちていった。

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