誘蛾灯
一話完結

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 暗闇にH&Mの文字が赤い閃光を放つ。四条河原町交差点から北上しようとすると、右手に見えるのがこのビルだ。そこから振り返るとマルイが黄金色に光を放ち、その光は金閣のように見る者を幻惑する。六時ともなると冬の街は闇に飲まれだし、どこにでもある小都会の様相を呈する。ただ、その光にはどこか褪せた感じがあり、なんだか懐かしい樹木の匂いもするようだ。交差点をせかせかと行きかう人々は、一様に首をすぼめ、やや俯いて歩を進めている。家路へと急ぐのか?これから街へ繰り出すのか?  景観保護のために京都には高層ビルというものがない。このビルにしても、マルイにしても、せいぜい七階建てだ。H&Mは「ファストファッション」という言葉が流行り出した頃によく利用したが、今ではほとんど立ち寄らない。服がペラペラなのだ。加えてデザインが奇抜であり、今年四十八の私には抵抗がある。UNIQLOやGUを利用することの方が圧倒的に多く、今日も全身UNIQLOだ。それでも、時々はメンズ売り場である地下一階へのエスカレーターを下る。最近ではシンプルなスヌードと手袋を買った。しかし、以前不貞腐れた店員が破れたレシートを私に手渡したことがある。とくに反応もせずにその場は離れたが、時々あの若造に年寄りは店に来るなと思われていたのか、或いは私の暗い内面を見抜かれ嘲笑されていたのか、或いは私のファッションが変だったからか、などと反芻して思い返すことがある。フロアには喧しい音楽が撒き散らされ、ドゥム、ドゥムというベースドラムの音が脳神経に障る。雑多な人種が入り乱れて、外国人の異様な体臭が鼻孔を刺激するのが、不快であること夥しい。わざわざ日本に来てまでH&Mで服を買わずとも、自国で買えばよいものを。京都にいながら私は自らを異邦人のように錯覚する。  京都の衰退は、丸善ビルが丸ごとカラオケ店に変容した頃から始まった気がする。梶井基次郎の「檸檬」で有名だった丸善はもうない。軽薄な若者が馬鹿な流行歌を喚き散らす奇怪な場所へと変容してしまった。嘆かわしい事この上ない。H&Mから観光客を押し退け、押し退け、北上すると、カラオケいかがっすか?と絶叫する、珍奇な法被姿のアルバイト店員に遭遇する。この時点で私は何をするために四条に出てきたのかわからなくなり、軽い眩暈に襲われる。そうだ、私は何のためにのこのこ出てきたのか?家にいるのが憂鬱でたまらなくなって、迂闊にも何かしら待っているような気がして、暗闇に生きる蛾が灯りを求めるように、ふらふらと出てきてしまったのだ。行きつけの店があればいいのだが、家飲み派の私にそういう店はない。金がないからだ。同様の理由で祇園にも全く縁がない。  ここで少し来た道を後退する。こんな私でも憩いの場所というものがあるのだ。先ほどの記述と矛盾するようだが、一人カラオケ専門店である。この店は河原町通りに面した、とあるビルの四階にあるのだが、エレベーターの扉が開くと、ふっつりと喧騒から解き放たれる。小さく音楽がかかってはいるのだが、妙な静けさが支配していて、時々利用する。小綺麗な印象も好ましい。何が好ましいといって、店の性質上事務的な会話以外言葉が飛び交わないことだ。大人しい店員がカラオケの機種についての説明をする間、大人しい他の女性利用客と目が合うこともあるが、大人しい私は視線を外してしまう。さて、一番奇妙なのはヘッドフォンをして歌うという形式だ。客観的に見れば、大の男が一人狭い部屋に押し込められ、無音の中で一人うんうん唸っているような格好だ。なんだか狂人のようでもあるが、あまり気にしない。私は小さな個室に入り、早速アーバンギャルドを熱唱する。救って、救って救世軍。去年行ったコンサートで最後に演奏された曲だ。アーバンギャルドの曲を天馬さんのパートを飛ばさずに数曲歌い、アリプロジェクトも数曲。やがて昭和歌謡へとシフトしていく。馬鹿な話だが、私は一人で哀しい曲を歌って、一人感極まってむせび泣くことがある。我が寂寥ここに極まる。一時間も歌い続けると喉の疲れと幾ばくかの虚しさも禁じ得ない。私は救って、救って救世軍と、口ずさみながら料金を払う。こんなことをしていて楽しいのかしらん。私はエレベーターで再び喧騒の中に出る。  夜はこれからであるが、私は腹が減った。カラオケ店を出て北上すると三条交差点に至る。車はびゅんびゅんと走り抜け、ライトの光が流れる。人々はわがもの顔に闊歩し、ビルの窓には水族館さながら、煌々とした照明と楽し気な人々が食事をする光景が映る。この辺りもなかなかの賑わいだが、いずれの人も私には関係がなく、あちらとしても私には無関心であるようだ。と、ひときわ異彩を放つ飲食店が存在する。三条交差点近くにある牛丼チェーン店だ。率直に言って、陰気で覇気がなく異様な店である。私は構わず入店する。河原町の華やかな賑わいから剥離した影のようなその店には、どこか社会から爪はじきにされた様な客達が集う。背中を丸めて、もそもそと無言で牛丼を咀嚼するその姿は、悲惨を通り越してむしろ陽気であり、私をにやにやさせる。店員もどこか生活に倦んだ印象だ。店内に流れる無教養な音楽も哀しさを助長する。私は虚ろな目をした店員に、憐憫を感じながら食券を差し出す。運ばれてきた牛丼を、他の陰気な客と同化してもそもそと咀嚼する。と、さっきから半分ホームレスのような老婆がこちらをちらちらと見ている。薄汚れた髪に、やたらと多い荷物。私はこの手合いに時々声をかけられることがある。やれ、そこの自動販売機でコーヒーを奢れ、やれ、電車賃がないから切符代を恵んでくれないか。よりによってなぜ私なのだろう。私は声をかけられる前に牛丼屋を出た。  奇怪な牛丼屋を出ると、私は三条交差点の横断歩道を渡り、きらびやかな照明が眩しい商店街の方へ歩を進める。この辺には楽器屋、古書店などが点在し、いくらかアカデミックな雰囲気だ。それらの店ももう閉まっているので、人は少なくなりはじめている。それでも馬鹿な大学生の集団が何やら騒いでいる。気づまりな新京極、寺町を左手に見ながら、ふと鯛焼きを買い求めようとして、財布に細かい金がないのを思い出した。鯛焼き一個に対し、一万円札を出したなら、店員は嫌な気がするだろう。それにもかかわらず、店員はひきつった笑いで、私に九千八百二十円を渡すだろう。病的な私の魂は、些細な摩擦でも鮮血を吹き出すのだ。鯛焼きを食べたかったが見送ることにする。右手には、かに道楽の巨大な模型が妖しくその足を蠢かす。左手には、敷居の高い三嶋亭。このどちらの店も入ったことはあるが、私はそれより鯛焼きが食べたかった。ヒステリックグラマーの前を通り過ぎると、ちょっと古風なビルがあり、その地下のアンデパンダンという店は雰囲気もよく、黒ビールが美味い。入ってみようかしら、誰か知り合いに遭遇するかも知れない。ところが、地下への階段を降りようとして、若い男女が接吻をかわしているのに遭遇、吃驚して私は踵を返した。生々しい接吻の音に、なんだか私は訳もなく情けなくなってきた。どこでもいい、座り込める場所がないかしら。そこの路地を入ればライト商會だが、あそこも似非アーティストどもが気に喰わない。以前はいい店だったのだが、SNSの普及により非常に混雑するようになった。フランソア喫茶室然り、ソワレ然り、嘆かわしいことだ。仕方ないのでコンビニでコーヒーを買って、店先の椅子で飲むことにした。しかし、細かい金がないのを思い出した。缶コーヒー一本に一万円を出すことが憚られるのだが、私はもう喉が渇いて仕方なかった。然るに、ほっそりとして長い髪の女性店員は、九千円と小銭を手渡すときにっこりと笑った。冬のオリオンを眺めながら、ぼんやりと飲む冷たい缶コーヒーは、快く喉を流れ落ちた。飲み終わっても暫くは、その空き缶を捨てるに忍びなかった。  私は来た道を、再びトロトロと歩き出す。なんだか背後の通行人に鈍器で撲殺されるような感覚は、四十代になってもなお消えない。嬌声を上げる女の子の集団に、何だか自分の悪口を言われているような妄想も、死ぬまで消えないだろう。どこか静かなところへ行こう。閉店に近い時間だが、私は十字屋レコード店に入った。グレングールドと中村紘子のCDを物色する気になったのである。私は三条の十字屋のクラシックのコーナーが好きだった。何より静かである。平穏である。クラシックのCDはなぜか新品で買わなければ、というこだわりが私にはあって、ときどき十字屋へは足を運ぶのである。 入り口付近の楽器類を倒さないように気を付けながら、エスカレーターでクラシック売り場へ。壁に貼ってある、褪せた時代遅れのポスターが好ましい。当世風のタワーレコードに比べて、この少し寂れた感じが好きなのだ。しかし、残念なことに私の好きだったクラシックのコーナーは消滅していた。ロックとジャズとクラシックのコーナーが二階にまとめられ、クラシックのコーナーは大幅に縮小されていたのである。CDが売れない時代にあって、年配のクラシック好きは、自然の流れの中ではどんどん減っていく運命にある。ますますクラシックのCDは売れないのだ。まあいいや、とわたしはとりあえず中村紘子の追悼盤みたいなのが出てないか探し始めた。しかし見当たらない。グールドはさすがにいくつか見かけたのだが、私の欲しかったベートーベンの高速月光の含まれているCDはないのである。それならば、と前から興味のあったパガニーニのCDを探すと、これはすぐあった。しかし二千六百円と少し高い。思ったようにほしいCDが見つからず、私はだんだん疲れてきてしまった。最近では、ちょっと歩くとすぐしんどくなる傾向がある。加えて、さっきからメタルがガンガンかかっているので、疲弊ははなはだしいものとなった。ああ、もう、一枚だけ買って帰ろう、とパガニーニのCDを手に取ってみた。美人の日本ヴァイオリニストのCDとパールマンのどちらの演奏にするか悩んだ。結果、私は美人の方を持ってレジに並んだ。  十字屋を出て、私はさらに北に歩を進める。そろそろ服屋の類は店を閉じる時刻だ。今日は女性同伴でないので、紅茶の店ルピシアは素通りする。若い娘さんの集うお洒落な店だ。この店で中年男が一人紅茶を物色しているのは変な図だ。考え過ぎか?ここまで読んでいる読者は、私がたいそう孤独で、女性に縁のないように感じているかも知れない。だが、はっきり言って私は女性に不自由をしていない。金もない、仕事もない、資格もない、若くもない、声も小さく人と視線を合わせるのも苦手、性格は陰気、背も低く猫背である私が妙に優しくされるのだ。何故か?私には、よくわからない。さらに寺町通りを北に、本能寺の方へ向かう。この辺の通りは好きだ。大したコーヒーでもなさそうなくせに、いつも混雑する珈琲店を左手に、額縁店、仏教書専門店、打楽器店、と通り過ぎる。まだ早い時間だが、今日は地下鉄京都市役所前駅から御池で乗り換え、烏丸に出て阪急で帰ることにしよう。早く帰ってパガニーニを聴いてゆっくりしたい。暗闇に浮かぶ京都市役所のシルエットは荘厳で、幾らか不気味である。私は閑散とした夜の市役所前広場を横切り、地下への階段を下る。  ゼスト御池は、何ともつまらない地下商店街だが、何だか落ち着くところである。ちっともお洒落でない靴屋や洋服店が立ち並ぶ。私はその地下街を真っすぐに進み、駅の改札へ向かう。私の魔法の手帳は地下鉄が無料になる。市バスも美術館も同様で、映画も千円になる。魔法の手帳を駅員に見せて、私は再び人ごみに紛れる。ホームに立つ私は、やがて血圧の下がる錯覚を覚えて、心がざわざわとしてくる。何を隠そう電車が苦手なのだ。私の電車恐怖は一時期本当にひどかった。まず、冬場は匂いからして耐えられない。他の乗客とふと目が合う瞬間も恐ろしい。ぎゃあぎゃあ煩い子供の集団も、つんと澄ました小綺麗な若者も、女性の化粧の匂いも、年寄りの加齢臭も、人相の悪い輩、スーツに身を包んだサラリーマン、みんな、みんな嫌である。ああ、そんなに嫌なら、自分がこの世から退場すればよいのである。私は、生きているのがもう嫌である。ごうごうという電車のやってくる音、律動が伝わってくる。しかし、近頃ではホームと電車の間に柵が設けられ、自殺も容易でない。電車が到着し、扉が開く。何だか皆一様に怒ったような顔をして、あたかも私にどけと言っているようだ。扉が閉じて電車は動き出す。私は車両の一番隅の吊り革にしがみつく。ガタン、ガタン。大阪行きの電車に揺られ、ふと目を開けると、窓ガラスに映った、死人の様な目の私と目が合う。さらに、その目が私を嗤ったと感じるのは、私がもはや狂人である証左だろうか。

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