白ねこ書店員 大福さん
1.大福は書店にいる②

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 コリオス書店の朝は爽やかな挨拶から始まる……とは限らない。 「ものすごい量ですね……」  カートラックに山と積まれた雑誌のビニール梱包を僕は見上げた。昨日もおとといもその前も、通常時よりも入荷数の多い日が続いているのに、さらに上回ってくるとは。 「今日は語学のテキストとテレビ誌、パズル誌も重なったからねぇ。ざっと見た感じ七十個くらい? 大洋くんは年末初めてだっけ」 「はい、初出勤は一月に入ってからでした」 「二十八日まで毎日こんな感じよ。年明けの棚卸しが終われば少し落ち着くと思うけど」  岡内さんが書籍フロアに雑誌の梱包を下ろし始めた。清水くんも数えながら次々と下ろすので、僕もあわててあとに続く。  朝のメンバーは八時半の出勤だ。レジや周辺機器の電源を立ち上げながらシフト表と連絡ノートに目を通し、雑誌と書籍の入荷数を確認することから一日が始まる。 「書籍は五十五です。客注きゃくちゅうは五、ブック特急便は二。書籍オッケーです」  書籍の箱を数えていた斎さんが送品伝票を確認しながら「雑誌は全部で七十八、客注は四です。供給が二あります」とつぶやいた。 「はいはい、雑誌客注は四っと」  十八、十九、と歯切れよく数える岡内さんのそばで、清水くんが「二十三、二十四、二十五」と高速で梱包をつかんでいく。えっと僕は十四……十五だったっけ?  続けざまに数字を聞いているうちに怪しくなった。偶数になるよう右手、左手と交互に下ろしていたのに、途中でコミックのアニメ化セットをひと箱抱えたので奇数になってしまった。  「二十……あっ大福! しっぽどけて!」  梱包を置こうとしたところに大福が鎮座していた。両手がふさがっているから声を上げるしかなかったけれど……  大福がとびはねると同時に僕の短期記憶も吹っとんでしまった。 「二十……四、じゃないです。ごめんなさい、数え直します!」  すでに荷下ろしを終えていた岡内さんと清水くんは手早く分かれて両端から順に数え始めた。僕はじゃまにならないように荷台に乗せたコミック雑誌だけを数える。 「私、三十五!」 「俺は三十九」 「僕は四です……」 「はい、七十八。客注と供給もオッケーです」  言うなり斎さんは雑誌のビニールバンドを切り始めた。三つ年上の彼女はコリオス書店四年目の社員さんで、暗算が早い。学生の頃から別の書店でも働いていたそうだ。  個数確認が終わるとすぐに怒涛の開封作業が始まる。開店時間は九時。それまでに開けた雑誌をフロアごとに振り分けて、レジの入金も済ませなくてはならない。  ひとつの梱包に一種類の雑誌しか入っていないものもあれば、混載こんさいといって様々な種類の雑誌やムック本、コミックがひとまとめにされている梱包もある。付録が混ざっていると分けるのも大変だ。  実用書担当の岡内さんが女性誌に付録をはさんで次々とゴムバンドをかける。黄色いバンドは複雑に分かれ目があって、雑誌の角に引っかけるとひし形になる。  清水くんが次々とビニールバンドを切るそばで、僕は必死になってビニール袋を開けた。切る、開ける、送品一覧が記載された頭紙あたまがみを外す。梱包紙をやぶって付録を取り出す。雑誌本体に痛みがないか確認し、種類別に分けてブックトラックに乗せる。  この動きになれるまでずいぶん時間がかかった。足元は瞬く間にビニールと紙で埋め尽くされ、ひとつずつ片付けている時間もない。  清水くんは両腕に大量の雑誌を抱え、ビニールを蹴散らしながら品出しを始めた。斎さんは「デイリーフランス語が二、中国語CD付テキストが一、ドイツ語ベーシックが一、ナンパラダイス増刊号一、スケートマガジンファイナルシーズンが一……」と抜き取らないといけない客注品をつぶやいている。 「やばっ十分前! 大洋くん、レジ開けてきて!」 「はっはい!」  岡内さんに言われ、抱えていた雑誌をブックトラックに乗せた。移動しながらブルドーザーのようにビニール袋をかき集めてゴミ袋につめ込む。そこへどこからともなく大福がダイブする。 「あっこら! 大福、出て!」  腕を突っ込むとバンドとビニールにまみれた大福がとび出した。叫ぶ僕にかまわずフロアに散乱している紙にスライディングをする。 「朝はレジカウンターに座ってる約束でしょ!」 「あそこは寒いからいやにゃ」 「もうじき館内空調が効き始めるから早く……」  ああもう、開店七分前だ。茶色い紙と格闘する大福をわしづかみにしたけれど、するりと抜けられてしまった。いつも思う、ねこは液体だ。向こうの気分が乗らなければ抱っこもさせてくれない。 「お願いだよ、お客さんが来ちゃうから」  絶望的な気持ちで大福を追いかけようとすると、ぴたりと動きが止まった。 「だめよ、大福ちゃん。じゃましちゃ」  大福の鼻にツンと鼻先をつけたのはペルシャ猫のあずきさんだった。 「タイヨウさんが困っているじゃない?」 「う……でも寒いのはいやにゃ」 「シュリンカーをつけてもらいましょう。ね?」 「はいにゃ」  あずきさんの一言で大福はブックトラックにとび乗った。早く押せとばかりに僕を見る。 「お客さんが来るにゃ」 「わかってるよ!」  ブックトラックを押し始めると、未開封の梱包を片付けていた斎さんがフッと笑い声を漏らした。束ねた長い髪が揺れて、僕は足を止めそうになる。 「大福さん、今日もよろしくお願いしますね」 「まかせとくにゃ」  大福の言葉に腰が砕けそうになったけれど、かまわずレジカウンターに向かった。斎さんの飼い猫であるあずきさんは彼女についてバックルームに入る。  二台あるレジを四分で開けるのだ。僕ならできるはずだ、きっとそうだと言い聞かせながら開店時間を迎えた。

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