白ねこ書店員 大福さん
4.大福はコリオスさんといる③

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 着くなり元さんは白い軍手をはめて板壁を探り始めた。 「ここは昔、不燃ゴミ置き場だったんだ。外とつながってるから場所を移すときに板で塞いだんだが……なんだってこんなとこ入っちまったんだよ!」 「僕もわからないんですけど……もしかしたら、あそこ」  むき出しになった天井を指さした。ヘルメットについたライトが辺りを照らす。 「あの古い換気ダクト、穴が開いてるところがあるんです。もしかしたらあそこから落っこちたのかなと」 「どんくさいのか、しろのねこは」 「そうですね、僕に似て……」  元さんは「あっはは」と豪快に笑った。 「そんじゃ俺が出してやるよ、どんくさいねこさんよ」  元さんは腰に下げていた小型のバールを手にした。釘の箇所を確認して一本ずつ抜き始める。 「腐ってるとこもあるから最後は一気に引きはがす。しろはここに手を入れな」  元さんの指示で僕らは板壁のすきまに手をかけた。僕が元さんの隣、体格のいい店長と清水くんが板壁の両端に立った。斎さんはあずきさんを抱っこし、岡内さんはとび出したねこを捕獲するために身構えている。 「いくぞー、せーの!」  バールをかけた中央から順に板壁がたわみ、木材がひび割れる音が響いた。お願いだ、大福、小さいねこさん。もうすぐだから、びっくりしてどこかに行ったりしないで。 「もういっちょ! せーぇの!」  元さんの掛け声と共に、ありったけの力で板壁を引いた。荷受け場中に木がへし折れる音が響き渡り、木くずと共にもうもうとほこりが舞い上がる。 「大福!」  とんで逃げないように身構えたけれど、大福は丸まったままじっと僕を見ていた。真っ白のおなかの中で、二匹の子ねこが鳴いている。 「みゃ~ぉ」  大福はしわがれた声で鳴いた。今日、一日でどれだけ鳴いただろうと思うと、どうしようもなく胸が苦しくて涙があふれそうになった。 「大福ごめんね……お待たせ」  ほこりのついた頭をなでると、大福は子ねこたちを熱心に舐め始めた。手のひらにおさまるくらいの、小さな子たちだ。一匹は額だけに縞模様がある茶トラ、もう一匹は全身にうずのような模様があるキジトラだった。 「この子たちはどうしたの?」  大福はじっと僕を見ると、また子ねこたちの毛繕いをした。二匹とも目を細めて体を預けている。  僕は大福ごと子ねこたちを抱き上げて、冷え切った体を胸に抱きとめた。 「もう大丈夫だよ、おうちに帰ろうね」  岡内さんは「大福ちゃ~ん! 心配したよー!」と泣きながら頭をなでた。清水くんは僕と大福に挟まれて鳴いた子ねこたちを抱き上げ、大きな手のひらで包む。  こわばっていた大福の体から力が抜けた。大福は僕の肩にあごを乗せて、しがみつくようにして喉を鳴らす。  肩越しにあずきさんがいた。二匹はそっと鼻をくっつけあって再会の挨拶をする。 「斎さん、あずきさん……ありがとう」  涙がこぼれ落ちそうになるのをこらえて頭を下げた。元さんや清水くん、店長に岡内さん。みんなに頭をぐしゃぐしゃにされながらお礼を言っていると、ふとサバトラねこのことを思い出した。  黄金色の瞳をした、銀色のねこ。あの子は飼い主の元に帰れただろうか。  荷受け場には冷たい雪風が吹き込んだけれど、ジャケットにもぐりこんだ大福のおかげで寒さは感じなかった。  荷物を取りに事務所に戻ると、宇佐美さんとペットショップの店員たちが待ち構えていた。涙の再会と同時に、子ねこたちを見て感嘆の声を上げる。  宇佐美さんは大福と子ねこたちをペットベッドに座らせて怪我がないか確認すると、その場で動物病院に電話をかけた。 「低体温症になってるといけないから、今から病院に行って下さいね。特に子ねこちゃんは体温維持が難しいから、このままだと死んじゃうかもしれないし」  大福は大好物のカリカリの音を聞くなりがっついたけれど、子ねこはずっと体を震わせている。両目はしっかり開いているけれど小さな爪はとび出したままだ。見たところ、生後二、三カ月か。もしかすると離乳もまだなのかな。 「この子たち、どこから来たんでしょうか」 「建物の裏手に公園があるから、地域ねこの子どもかもしれないですね。雪が降ってきたから、屋根のあるところに隠したのかも……」 「お母さんねこが見つかるといいですね……」  子ねこを大福と一緒に病院につれていって、その後はどうしよう。あんな狭いアパートで三匹も飼えない。大福を拾ったときだって、散々家主さんと交渉した末に家賃を七千円も引き上げるってことで了承をもらったのに。 「大洋くん、うちの車に乗ってって。帰りも送るからね」 「ありがとうございます……」  岡内さんの申し出をありがたいと思いながらも、今は引き取った先のことまで考えられなかった。僕も体が冷えすぎて、暖房のきいたフロアにいるだけで眠気が襲ってくる。 「俺も行きます」  子ねこたちを見つめながら清水くんが言った。家族に連絡を入れていた岡内さんが顔を上げる。 「清水くんはもう帰りなよ。明日、朝一のシフトでしょ?」 「この子たち、うちで引き取りますから」  思わぬ申し出にその場にいた全員が目を丸くした。彼は大きな手のひらで子ねこたちを抱き上げ、愛おしそうに見つめる。 「少し前に先代のねこが死んで、母親が気落ちしてるんで。きっと喜びます。もちろん母ねこが見つかれば返しますが」 「えっ清水くん、ねこを飼ってたの?」 「俺じゃなくて母親です。犬とフェレットと亀もいます。昔はハムスターとニワトリもいました」 「わーお、大家族~」  岡内さんは手を叩いた。犬やフェレット、亀とたわむれている清水くんが想像できない。 「でも急に連れて帰ったらびっくりするんじゃ……」 「いいじゃないの、お願いしたら」  閉店作業を終えた店長が戻ってきた。金庫が閉まっているのを確認して、扉のすぐ内側にある照明用スイッチを押していく。 「あれは母親にじゃなくて、清水くんが一緒にいたいんでしょ」  店長がこっそりと僕に言った。清水くんは優しいまなざしで子ねこたちを見つめている。みぃみぃと鳴き続けていた子ねこたちも、いつの間にか眠ったようだった。 「もう離さないんじゃない?」 「そう……ですね」  安堵と同時に、大福に申し訳なさを感じた。あんなに一生懸命子ねこたちを守っていたのに、離れたら悲しいだろうな。  でも僕に三匹も世話をするお金も余裕もない。あずきさんを上手に抱っこできる清水くんなら安心して任せられるじゃないか。 「清水くん、よろしくお願いします」 「俺じゃなくて、母親ですが」  彼のつぶやきに笑ってしまった。ケージを肩にかけた斎さんが「明日、出勤できるかしらね?」と清水くんを見上げる。「無理かも」とめずらしく弱音を吐いたので、彼のまわりで笑いがはじけた。  全館消灯の時刻となり、通路の照明が半分ずつ消えていった。そんなこともお構いなしにカリカリに夢中な大福を抱き上げて、リュック式ケージに入れる。 「今からお医者だよ。明日はシャンプーもしなきゃね」  汚れた毛皮をなでて、ケージのファスナーを引いた。すきまからにゅっと前足が出て、「お医者はいやにゃ!」と言った気がした。

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