白ねこ書店員 大福さん
4.大福はコリオスさんといる①

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「大福ー!」  元さんと二人で薄暗いバックヤードを回った。大きな物音を立てて大福が逃げてしまわないように、声かけをしながらそっと段ボールやカートラックを移動させる。  売り場をぐるりと取り囲むようにバックヤードがあり、従業員用の出入口が三か所あるのは四階と同じだ。けれど間仕切りが違うだけで全く異質の、迷宮に入ったような感覚がした。 「ねこが入り込みそうなところって……」 「まあそこら中にあるわな」 「ですよね……」  岡内さんにもらった『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』を使うにしても、姿が見えてから開封しないと液状のエサがこぼれてしまう。 「食いしん坊かい?」 「え?」 「だからあの大福ってねこは食い意地がはってんのかい?」 「ええ、まあ」 「腹が減ったら誰かにねだりにいくんじゃねえか?」  僕もそう思っていた。でも姿を見せない。どこか身動きの取れない場所に入ったんじゃないかと、不安ばかりがふくらんでいく。 「仕掛けるか」  つぶやいたかと思うと、元さんはほこりにまみれた配管を指さした。 「不審者の侵入に備えてバックヤードにも監視カメラを設置してある。映り込むところにエサを置いて、姿が見えたら連絡してもらうってのはどうだ」 「お願いします!」 「すぐどっかに行っちまったらどうようもねえけど……」  元さんが電話をかけ始めたので、僕は急いでペットショップに向かった。仕掛けるなら、おやつ用の『ニャオちゅるちゅるん』だけじゃ足りない。三階のペットショップでドライフードと水、生活雑貨の売り場で紙皿も買おう。  ペットショップにかけこむと、店員の宇佐美うさみさんに声をかけられた。 「大福ちゃん、見つかりましたか?」 「それがまだ……あの、エサを仕掛けようって話になって」  手短に説明するあいだ、彼女は結った髪を触りながら不安げに僕を見つめていた。 「あっこれ、試供品なんですけどよかったら使って下さい」 「助かります」  大福は優しい宇佐美さんが大好きで、もらった試供品もいつもぺろりと平らげている。会計をしながら、休憩中の従業員が手分けして探してくれていると話してくれた。 「見つかったらすぐに連絡下さいね。怪我をしているようだったら獣医さんに連絡しますから」 「申し訳ありません。ありがとうございます」  ドライフードの袋を抱え上げると、レジの真横にエサと水が置いてあることに気づいた。大福の大好物、にぼしとカニカマ入りにカリカリだ。  大福がそこにいるような気がしてじっと見ていると、宇佐美さんは「あっあの」と手を振った。 「差し出がましいかと思ったんですが、動物さんが待機していないお店に大福ちゃんの好物を置かせてもらったんです。きっとすぐ見つかりますよ。うちの子もそうだったんで!」  彼女は瞳をうるませながら、ぎゅっと両手のこぶしを握った。僕まで鼻の奥が痛くなって、深く頭を下げた。  元さんのタブレットで監視カメラの映像を確認しながらエサを仕掛けていると、岡内さんと清水くんがやってきた。 「そっち、いた?」 「いえ、手がかりも全くないです」 「従業員から通知がないってことは売り場にはいないんだろうねー」 「バックヤードで見た人もいないみたいですが」  二人が話すのを聞いていると、軽いめまいをおぼえた。足のすねは棒みたいに冷えて感覚がない。時計を見ると午後八時半だった。探し始めて二時間たつのか。  岡内さんが僕の顔の前でパッパッと手を振った。 「あの……なにか?」 「大洋くん、一回休憩しない? お昼から立ちっぱなしだよね」 「いえ、皆さんに手伝っていただいているのに。清水くんだって」 「俺は二時から休憩いったんで。白河さんは昼から何も食べてないんじゃないですか」 「よし、休憩しよー。元さん、捜索再開するときに連絡するから、大福ちゃんを見かけたら知らせてくれる?」 「任せときな」 「あの……ちょっと!」  両腕を二人に羽交い絞めにされ、抵抗もむなしく事務所に連行されてしまった。岡内さんがリュックから出したおにぎりを前にして、強烈な空腹をおぼえる。情けない、大福だっておなかが減っているだろうに。  店長は残業中なのか、パソコンで事務作業をしては売り場に呼び出されていた。こんな時間なのにまだ問い合わせが絶えないらしい。  せまい事務所でおにぎりを食べながら通気口を見上げていると、斎さんが息を切らしながら入ってきた。ケージを肩から下げ、髪には雪がついている。 「斎さん! どうしたんですか?」 「あずきがあんまり鳴くから、気になっちゃって……」  雪に濡れた彼女の肩を岡内さんがタオルでぬぐった。ケージの中であずきさんが「な~お、な~お」と繰り返し鳴いている。  清水くんがケージの鍵を開けると、あずきさんはすぐさま出てきた。清水くんがさっと抱き上げて首輪をつける。斎さんの他にあずきさんを抱っこできるのは彼だけらしい。 「あずきがケージの中で鳴くなんてめずらしいな」 「そうなの。帰りの電車でもずっと鳴いてて、家についてからも落ち着かなくって。あんまりにも外に出たがるから、気になって戻ってきたの」  清水くんに抱えられたまま、あずきさんはふっくらとした前足をじたばたさせた。積み上がった段ボールに必死になってしがみつこうとする。 「あずき、大福さんがどこに行ったかわかる?」  斎さんが受け取って段ボールの上に乗せるとあずきさんはロッカーの上にとび移った。ほこりっぽい資材の上を通り、通気口を見上げる。 「なぁおぉ~ん」  あずきさんの低い鳴き声が暗闇の中で反響する。何度か繰り返して鳴くと、風の中からわずかに何かの鳴き声のようなものが聞こえた。あの鳴き方、もしかして…… 「今、なんか聞こえた!」  岡内さんの声にびっくりして振り返ると、あずきさんはロッカーからひと跳びでフロアに着地し、事務所から出ていった。 「あっ……ちょっと! 待ってあずき!」 「大洋くん、朋ちゃんと一緒に追いかけて!」 「はっはい! あっその前に元さんに連絡を……」 「俺がしておきますから!」  清水くんに背中を押されて僕らは事務所を飛び出した。閉店間際のフロアにはまだたくさんお客さんがいて、その足元をあずきさんがすり抜けていく。  見失わないように、僕たちは必死になってお客さんや買い物カートをかわしていく。 「あずきさんがあんなに走ってるところ、初めて見ました」 「そうね。本気で走ると困るかな」 「斎さんが走ってるところも初めて見ます」 「そういえば白河くんが大福さんを追いかけて走るのって見たことないわ」 「そうでしたっけ」 「だって大福さん、いつも白河くんを見てるもの」  大福が見てくれた分だけ、僕はちゃんと大福を見ていただろうか。走りながら、胸の隅がチクリと痛む。  斎さんは「フフッ」と笑い声を漏らした。 「白河くんが来る前はね、こんな風にあずきを追いかけてばかりだったのよ」 「え………本当ですか!」 「ほんと!」  ぐいっと腕を引かれて非常用階段を駆け下りた。あずきさんはわき目もふらずフロアを駆けていく。時々、天井を見上げては「なお~ぉん」と鳴き、また走り出す。何も聞こえない僕らはついていくしかなかった。

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