白ねこ書店員 大福さん
2.大福はレジカウンターにいる②

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 昼休憩をはさんで売り場に戻ると、クリスマスのラッピング待ちで人だかりができていた。十時に店長、十二時に大学生の女の子が入ったものの全然追いついていない。  紺色のエプロンを着ているとポケットの携帯電話が振動した。大福のやつ、休憩所から抜け出したな。画面を開いて「C」のマークがついたアプリをタップした。フロア案内の中で小さな猫のアイコンが動いている。  大福の首輪には位置情報を知らせるチップが埋め込まれている。職場での移動は自由だけど、それ以外のフロアには制限がある。決められた場所の外に出ると飼い主の携帯電話にアラートが届く仕組みだ。  大福とフェレットの太一くんは脱走の常習犯だ。他の動物たちが出入りするすきまをすり抜けて、勝手にフロアを徘徊したりする。  早く捕まえないとショッピングセンターの主任に怒られる。大福の動きを確認していると五十代の男性に声をかけられた。 「年寄りがやるクイズみたいなのがあるだろ。あれってどこだい?」  僕は脳みそをフル回転して「クロスワードパズルですね。ご案内いたします」と売り場に出た。大福のことが気になるし、エプロンのひももからまったままだけど仕方がない。 「売り場はこちらの左手に……」  棚の角を曲がろうとすると腰のうしろあたりに妙な重力を感じた。ふりかえると大福がエプロンのひもに猫パンチを繰り出している。  見なかったことにしよう。そう思ったのもつかの間、大福の爪がひっかかって結んでいたひもがほどけてしまった。エプロンが前に垂れ下がる。 「大福……今は昼寝の時間でしょ」 「暇だからなんかやることないかにゃ」 「大福は暇でも僕は……」 「おや、ねこまできたのかい。忙しいときにすまんなあ」  男性の声に、接客中だったことを思い出して頭を下げた。 「いえっ全然大丈夫ですので!」 「あんたの仕事はなんだい?」 「僕はレジと接客で……」 「見りゃわかるよ。人間じゃなくてそっちのねこだよ」 「タイヨウがどんくさいから見張ってるのにゃ」 「誰がどんくさい……」  大福をつかみ上げると男性は「あっはは」と笑った。謝る僕の胸元を見てうなずくような動作をする。 「あんたらがこの店の『白ねこ』か。ありがとさんよ」  あとは自分で探すからというので、僕は大福を抱えてレジカウンターに戻った。案の定、サッカー台にはラッピング待ちの絵本や知育玩具があふれている。  大福をカウンターに乗せようとして、やめた。クリスマスの包装紙がカサカサと鳴る音や、大福が大好きなワイヤー入りのリボン、パンチすれば小気味よく転がっていく丸いボンボンがついたタグと、邪魔をするのが目に浮かぶようだ。 「店長、大福が来たのでレジに入ります」 「あっ大洋くん、助かるー! 俺は図書カード包装に入るから! 大福くん、よろしく頼むよ!」  店長に頭をぐりぐりとされて大福はものすごく嫌そうな顔をした。彼は大型犬を三匹も飼っているからか動物の扱いが豪快だ。あずきさんなんて触らせもしないらしい。  隣のレジには斎さんとあずきさんが入っていた。動物同伴のメンバーは、パートナーの動物が出勤しているときは率先してレジに入る。動物と一緒にレジ打ちをするとなぜがお客さんからのクレームが減って、レジキーの打ち間違いも少ないらしい。  代わるなり店長は図書カード包装を始めた。五百円のカードを七十三枚、千円のカードを三十四枚と大口の注文だ。岡内さんと二人で次々と台紙にカードをセットし、包装紙でくるんでテープで止めていく。  レジカウンターに座る大福のしっぽが左右に動いている。包装紙が重なりあう音に反応しているんだな。あの作業、大福がいるときは絶対にできないなと思いながらレジにサインインする。 「いらっしゃいませ」  差し出された児童文庫を受け取ると、カウンターの向こうには小学五年か六年くらいの女の子が三人いた。きゃいきゃいとはしゃぎながら、キャッシュトレーにひたすら十円玉を並べていく。 「小銭にいっぱいあるねー」 「全部出しちゃいなよー」 「えーでもー」 「ほら手伝うからー」  小銭を出すのはかまわないけれど、もう四十枚以上ある。後ろには長い列。僕にもこんな時代があったのだから忍耐だ、と思いながら大福を見る。よし、目は閉じているな。耳も動いていない。 「わっすごーい、五円玉もいっぱーい」 「出しちゃえ出しちゃえー」  支払う本人は「えーでもー」と言うのに、他の二人が勝手に財布から小銭を出した。君たちいい加減にしなさい、誰がその小銭を数えるんですか。 「もう少し大きいお金はありませんか。こんなにたくさんの小銭は困り……」  なるべくやんわりと言おうとしたとき、大福の前足が小銭に乗った。しかも爪を出して、ちょいちょいとキャッシュトレーから小銭を落とそうとする。 「あっ……大福!」 「ちゃりんちゃりんが大福を呼んでるにゃ」 「呼んでない! それはお客さんのお金……」 「タイヨウにも聞こえるにゃ。ちゃりんちゃりん、ちゃりんちゃりん、ちゃりんちゃ……」  まずい、瞳がまん丸になってると気づいたその時、「りんにゃー!」と叫んで大福はトレーごと小銭をひっくり返してしまった。 「ああー! スミマセーン!」  大福と小銭を押さえようとしたが二兎追う者は一兎も得ず、大福はカウンターから飛び降りて生き物のように跳ねる小銭を追いかけ、まさかのあずきさんも参戦しての大惨事となった。  斎さんのレジカウンターにお客さんを誘導しながら小銭を拾い集めた。泣きたい気持ちだったけれど、必死にレジを打つ彼女も「申し訳ございません」と謝るので心の中で「ごめんなさい」と唱え続けた。  もっと早く大福を制するか、小銭を断っておけばよかった。  結局、お客さんにも助けられて小銭は回収できた。女の子たちはしおらしく頭を下げている。 「ごめんなさい。もう小銭はたくさん出しません」 「いえ、こちらこそ……大福も謝りなさい」 「本能だから仕方ないのにゃ」  僕はがっくりと肩を落とした。ちょっとくらい反省するとかないのかな。 「何すんのにゃ!」  もがく大福を羽交い締めにしてレジカウンターの裏手にある事務所に入った。ロッカーの端にねこ用の水とトイレが置いてあり、ペットベッドで休むこともできる。 「ここで反省してなさい」 「いやにゃ。お仕事するにゃ」 「じゃまされたら仕事にならないの」 「稼いでちゅるんを食べるんにゃ」  どこで「稼ぐ」なんて言葉を覚えたのか知らないけど、それを言われるとつらい。 「わかった。今日は残業したいって店長にお願いするから、ここにいて。夕方の当番のときは起こすから……」 「タイヨウなんかキライにゃ」  大福は段ボールにとび乗った。こちらに背を向けて丸くなる。ふて寝はいつものことだけど、キライって言葉はストレートに傷つくなあ。  すれ違いにあずきさんが入ってきた。ふさふさのしっぽを立てながらそっとつぶやく。 「ちゅるんのために働きたいなんて、大福ちゃんもタイヨウさんもお子さまね」  くすっと笑った気がしてふりむくと、彼女はペットベッドで毛繕いをしていた。

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