白ねこ書店員 大福さん
1.大福は書店にいる③

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「やっと終わった……」  午後六時を過ぎて一息つくことができた。五時に退勤するはずがクリスマスのラッピングと図書カード包装のラッシュに追われてレジカウンターから抜けられなかったのだ。  一緒に上がった斎さんは涼しい顔でエプロンをたたんでいる。  大福を運ぶためのリュック式ケージを背負うと、彼女と目が合った。こっそり横顔を盗み見ていたことがバレたかな。 「白河くん、お疲れさまでした。朝から大変でしたね」 「斎さんもお疲れさまでした。僕も大福も足を引っ張ってばかりで申し訳ないです」 「そんなことないですよ。わたしもあずきも頼りにしていますから」  彼女の瞳がゆるい弧を描いた。この世のものとは思えない美しい曲線に見とれてしまう。 「大福さん、お待ちかねでしょうね」 「あずきさんも。お迎えにいきましょうか」  そろって事務所を出ると、四階のバックヤード奥にある休憩室に向かった。となりに動物たち専用のスペースが設けられ、大福とあずきさんは出勤時間以外はそこで過ごしている。  従業員証をスキャンして中に入ると、キャットタワーのてっぺんで大福が背を向けて座っていた。 「おーい大福、帰るよー」 「タイヨウ、遅いにゃ」 「むちゃくちゃ忙しかったんだよ」 「十分遅刻につき『ニャオちゅるちゅるん』一本にゃ」 「そんなにストックないよ……」  大福はなんだかんだと言いながら下りてきて、リュック式ケージに入った。 「お疲れさまでした」  斎さんはショルダータイプのケージにあずきさんをおさめて会釈をした。私服はグレーベージュのコートにくるぶしまである白のロングスカート。儚げな立ち姿に淡いパールピンクのケージがよく似合う。  一緒に帰りたいけれど斎さんは電車通勤、僕は自転車通勤だ。 「お疲れさまでした。また明日よろしくお願いします」 「はい、また明日」  そっと微笑むと彼女は残っている他の動物たちにも声をかけながら退室した。あんな女性と暮らすあずきさんは幸せものだなあ。  夕日が差し込む部屋でぼんやり突っ立っていると、腹が鳴るのと同時に大福の鳴き声が聞こえた。 「はいはい、わかってるよ」  リュックを担ぐと背中に大福のぬくもりを感じた。奥から犬のか弱い鳴き声が聞こえる。早くご主人さんが戻るといいね、と思いながら扉を閉めた。  ***  帰宅してコンビニ弁当を食べていると大福がひざに乗った。左手でなでながら右手で箸を動かす。大福は口のまわりをなめながら弁当をのぞきこんだ。 「大福が好きなものは入ってないよ」 「にゃおん」 「もうカリカリは食べたでしょ。食べすぎるとまたお医者さんに怒られるよ」 「あおーん」  大福はひざに乗ったまま熱心に毛づくろいを始めた。「お医者はいやにゃ」と言ったような気もするけれど、言葉は聞こえていない。  話すのはコリオスショッピングセンターにいるときだけだ。脱走防止用の首輪にからくりがあるのかも、と店長は言うけれど誰も本当のことは知らない。  大福だけでなくあずきさんもそうらしい。二階のメンズ衣料品店にいる老柴犬の沢庵さんや、三階の靴屋に勤めるフェレットの太一くんも言葉を話す。  出勤と退勤は必ず飼い主同伴で首輪をはずさないこと。トイレの粗相と動物同士のケンカはしないこと。お客さんをひっかいたり噛んだりしないこと。それが採用の条件だった。  月の手当ては多い時で四万を超える。この「動物同伴手当」がほしくてコリオス書店に応募した。アルバイトの僕は時給九四〇円で月百六十時間の出勤だ。保険料や税金もろもろを引かれると手取りは十四万もない。  大福の手当てを合わせて十八万円ちょっと。大学の奨学金を返しながらなんとか一人暮らしができているありさまだ。好物の『ニャオちゅるちゅるん』をあげたくても余裕がない。 「うるるる……ぐるにゃん」  大福はひざの上で球のように丸くなった。このまんまるい姿が大福もちのようなので「大福」と命名した。お客さんたちは「白ねこさん」と呼ぶけれど、白い毛の中に茶色い毛が混ざるミックス種だ。鼻はピンクだけれど肉球は黒いところもあり不思議なコントラストをしている。  グルグルと鳴る喉元をなでながら、本当は家にいた方がいいんじゃないかと思う。あんなに人が多いところでストレスになったりしないだろうか。店長が触ろうとすると棚の上に逃げるんだし、言いたいことも我慢しているんじゃないだろうか。    いや、文句は毎日言ってるか。ひとり苦笑いをしながら大福の腹をなでた。  ふんわりと白い腹はやわらかく上下して、静かな夜を慰めてくれた。

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