ヘルマプロディートスの縊死
カーリアの森の泉(3)

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「いやー、まさか颯太に君みたいなかわいいお友達がいたなんてなぁ」  男――高田たかだ勝武しょうぶと名乗った――は、にこやかに缶コーヒーを差し出してくる。わざわざコンビニ寄って高校生にこれ買う? と思わないでもないが、奢られる立場なので薫は素直に礼を言う。 「オレも、颯太くんの叔父さんが刑事さんだなんて知りませんでした」  殴りかかった引け目で敬語になってしまう。巻洲刑事にはタメ口なのに。 「颯太はあんまり自分のこと話すタイプじゃないよな。苦労してない? 小春野さんは」 「いえ、落ち着いてて話しやすいです」  高田刑事は巻洲刑事と同じ壮花署の所属なのだという。電車移動をよくするのだそうだ。 「電車内で起こる犯罪も多いしさ。車乗り回して『警察車両でござい』って停めてんのも、なんだかなって感じだろ」  呟いたときの薄ら笑いがどこか寂しそうだった。並んで杜若邸を目指しながら、薫はもらった缶のタブを起こす。 「高田さんも、五条の事件を調べてるんですか」 「結論から言うとそうだ。でも少し説明が難しいな」  高田刑事は下口唇を前にせり出す。 「殺人に関しては、連続誘拐殺人事件のうちのひとつとして、被疑者死亡で不起訴が決まった。死亡状況に限れば田中の供述と捜査事実で相違もない。だが当日の五条さんの足取りにはまだ不明な点が多いから、誘拐や殺人教唆・幇助等別の人間が関与しているものとして捜査を続けている」  巻洲刑事も言いづらいことを配慮なく口にするが、高田刑事のそれは相手を不快にする可能性も殴られる覚悟も織り込んでいるように聞こえた。  損をしそうな人だ。  杜若邸に着く。高田刑事は薫だけで杜若と会うよう言った。 「颯太もその方が話しやすいだろうからさ。頼むよ」  薫も異存なく高田刑事を客間に置いて歩き出す。  杜若の母はいなかった。先程の高田への電話は職場からだったようだ。祖母に案内されて杜若の部屋へ向かう。  フットカバー越しの足裏がひやりと冷たい。天気予報によると本日の最高気温は二十七度。縁側から見上げる五月の陽射は真夏さながらだ。  薫は目を眇め、軽やかに輝く緑を睨む。  いずれ連れ出さなければ。杜若だけを春に置き去りにはできない。 「杜若? オレ。小春野」  無反応。いつものことだが今日は時間制限がない分もっと粘れるはずだ。薫は手に入れたばかりの札を切る。 「今日、高田刑事と一緒に来たよ。言えよな、あんな優しい叔父さんがいるなんて――」  ぱんと勢いよく障子が開いた。浴衣姿の杜若が、人を殺しそうな形相で立っていた。 「ばあちゃん。勝武おじさんをおれの部屋に一歩も近付けないでくれ」  杜若の祖母は驚いた素振りも見せず、はいはいと外廊下を引き返していく。突っ立っていた薫は、杜若に腕をつかまれ和室に引きずり込まれた。 「おい、杜若」  呼びかけたところで続きが出てこない。  久しぶり? 思ったより元気そう? こんな場面でどれも恥ずかしいほど間抜けだ。  杜若はしばらく廊下を向いて黙っていた。奥二重の目をじっと伏せ、ようやく口を開いたときも薫の顔を見ていなかった。 「あの人を信用するな」  千歳緑の浴衣は着崩れせず整っている。真ん中分けの黒すぎるほど黒い髪にもきちんと櫛が通っており、頬はややこけたようだが不精ひげはない。顔つきからは四月までの気弱さが抜けた。  杜若颯太は、間違いなく正気だ。 「情報をやり取りするのはいい。でも心は許すな」 「まるで風俗嬢の心得だな」  薫はやっと軽口を叩いた。杜若が薫を向き太い眉を下げる。これで話しやすくなった。凛々しい杜若は、昭和の映画スターみたいに男前でちょっとやりづらい。 「もっと弱ってるかと思ったから安心した」 「すまない。小春野たちとは顔を合わせづらかった」 「いいよ。ぶっちゃけオレも何を言えばいいのか分かんなかったし」  杜若に座布団を勧められ、薫は六畳間に腰を下ろした。  和室にそぐわない学習机には開いたノート、棚の至るところに付箋が貼ってある。ここからでも、赤いインクで殴り書きされた文字が部分的に読める。『犯人』『事件』――中間考査の勉強でないことは確かだ。  薫はトートバッグから写真の束を取り出し、向かいに座った杜若に渡した。 「五条が写真部に提出した写真だって。花が多いからお前に見てほしくて」  杜若は写真を一枚一枚畳に並べていった。花の写真を右手側、建物の写真を左手側、薫から見て正面になるよう置いていく。 「小春野、これで全部か」 「オレが預かった分はな」 「他に五条が撮った写真を見たことは?」 「オレを撮ってくれたとき、本体の画面で見せてくれたことはある。それだけ」  杜若まで刑事みたいな口振りだ。対等なつもりの相手に尋問の口調をされるのは面白くない。 「写っている植物だが」  感情のない声で言い置いて、杜若は花の写真を順番に指差した。 「水仙、鈴蘭、曼殊沙華、狐之手袋、冶葛やかつ夾竹桃きょうちくとう石楠花しゃくなげ馬酔木あせび福寿草ふくじゅそう……この辺りは全部有毒だ」 「マジか」  どれも綺麗な花だ。壁にピンで刺しても様になりそうなものばかり。 「知らずに撮ったのかも」 「おれに菖蒲あやめと杜若の区別を教えるためだけに、厚い植物図鑑を家から担いできた五条が?」  薫のぬるい憶測を、杜若が鋭い声で否定した。言われてみれば五条も花に詳しかった。よく植え込みを指差しては何だかんだと名前を言っていた。もっと真面目に聞いてやればよかった。  杜若の手が、ピンクの花がついた木と真っ赤な花を脇に除ける。 「五条はカメラを今年の三月に買ってもらったと言っていた。なら夾竹桃と曼殊沙華は撮れない」 「じゃあ何で入ってんだよ」  当たっても仕方ないのに険のある言い方をしてしまった。薫はうなりながらあぐらをかく。 「つか、デジカメ買ってもらったのがこないだってだけで、今時スマホでも写真ぐらい撮れるだろ。サイズ揃えて一緒に出しただけかもしんねぇぞ」  杜若は答えずに裾を払って立ち上がった。あやめ模様に染め抜かれた手ぬぐいを持って戻ってくると、正座をして厳かに開く。 「五条がおれにくれたものだ。……おれたちの誕生日に」  杜若颯太と五条あやめは全く同じ日に生まれた。五条は行方不明になる間際、今年の誕生日を祝う手紙を杜若に送っていたという。写真も同封していたのか。  好きな子にもらったものを好きな子の名前の模様の布に包んでるって結構キモくない? という本音は飲み込む。好きな子の作ったヘアピンを毎日着けている男も大概だ。  中身は写真だった。さっきまで触っていたものと同じL判。薫は再度写真を分類していく。  赤い空、飛行機雲、虹、坂、神社、夜景……。  杜若が問いかけてくる。 「どう思う?」 「巧いよ」 「そうだが、そうじゃない」  今度は薫が黙り込んだ。  五条はカメラを買ってもらったばかりだった。被写体も撮り方もいろいろ試していただろう。とはいえ、センスは出る。これらの写真は、とりあえず枠内に収めただけの花と建物の写真とは明らかに別ものだ。同じ人間が撮ったとは考えづらい。 「裏を見てくれ」  言われて引っくり返すと、撮影場所がメモしてあった。    はれのひ公園で 「五条の字だ。あいつ絶対『は』の右側繋げて書くんだよ」    こはるのちゃん、今日のほーかご空いてる?  中学の頃は授業中にこんな手紙を回してきたものだ。見慣れたあの字を間違えるはずがない。 「こっちが本物の五条の写真……じゃあこっちは何だ? 誰が撮ったんだよ」 「これを渡してきた先生、山吹先生といったか。何者なんだ」  杜若が訝しげに言う。クラスが違うので覚えていないようだ。聞けば化学の授業も別の先生だったという。  薫は先生に渡された写真を指で叩く。 「山吹先生がオレにニセの写真をつかませて何か得するとは思えない。先生と五条の間に誰かが入ってすり替えたって方がまだしっくり来る」  理由もそうだが、山吹先生が嘘やごまかしを並べているところを想像できない。  杜若は両手を反対の袖に入れて腕を組む。 「小春野、曼殊沙華はいつの花だと思う」 「あ? これ? ヒガンバナ? 秋だろ。なんだ急に」 「誰かが写真を差し替えたとして、おまえでも分かるような仲間外れを看過するだろうか」  おまえでも、とはご挨拶だ。杜若はときどき致命的に言葉が足りない。『(花に詳しくない)おまえでも』の略だと思うことにする。  とはいえ山吹先生も、時季外れの花ぐらい気付きそうなものだ。いや、先生は五条がカメラをもらったタイミングを知らないかもしれない。三月はまだ高校に入る前だ。 「ダメだ、分かんねぇ」  薫は嘆息して花以外の写真をまとめ始めた。つまり洋館の写真たちだ。 「何だったとしても、五条の名前が出たってことは事件に関係ありそうだよな。オレはこっち側をもうちょっと当たってみるから、お前はそっち頼む」  杜若は返事をしなかった。腕組みをしたまま固まっている。 「おい、杜若?」 「小春野」  杜若は薫の名を短く呼び、畳を睨んで両手を膝の上に移した。 「おまえに、謝らなければと思っていた。おまえの、おまえたちのことで」 「なんだよあらたまって」  薫は居住まいを正す。謝られる覚えは特にないが、それぐらいしなければ釣り合わないほど杜若の声は差し迫っていた。 「勝武おじさんをどう思う」 「どうって、誠実そうだと思うよ。人当たりもいいしさ」 「おれもそう思っていた。ついこの前まで」  杜若は記憶を取り出そうとでもするように右手を額に当てる。  高田刑事は、今までも頻繁に杜若邸を訪れていたらしい。もの心つく前に男親を亡くした杜若も、叔父にはよく懐いていた。難航している事件について叔父がこぼしたら、思いつきを伝えたりもしていたそうだ。その結果事件が解決し、褒められて誇らしくなったこともあった。 「利用されているかもとは感じていた。だがおじさんの役に立つなら、悪人が捕まるならそれでもいいと思っていた」  ほんの二週間前、五条を喪った杜若はひどく絶望した。兆候はあったのではないか、彼女が危険なことに首を突っ込む前に止められたのではないかと自分を責めた。  高田勝武はそこにやってきて、甥に話をした。 「五条が、どう死んでいったか聞かされた。どんな風に縛られ、どんな傷をつけられ、何をされどこまで意識があったのか、ニュースでは絶対に報道されないようなことまで、あの時点で明らかになっていた事実を、全部。ぜんぶ」 『なぁ颯太、わかるだろう。許せないだろう。だったらどうするべきかわかるだろう』 「おれのことも五条のことも考えていなかった。そういう顔をしていた」  薫はさっき会った男を思い出す。  見る目がない。友人の心をずたずたに引き裂いた男と平気で世間話をしていたなんて。 「おれは小春野と馬剛をずっと、気の毒だと……遠くから同情するぐらいで、理解している気になって……こんな、こんなに、気が狂いそうなのに」  杜若は両手を自分の喉にかけてうずくまった。 「おれはだめだ、笑って歩いている女が全て許せない、女を殺すかもしれない男を全て許せない、五条の最期を想像しようともしなかった自分が一番許せそうにない」  薫は声をかけるでもなく友人を見下ろしていた。杜若が最後の一片を絞り出すまで。 「おまえたちみたいに、強くいられない……おれは、耐えられない」  あとは嗚咽。  バカなやつだ。杜若颯太は。バカで、バカ真面目で、バカみたいに優しい。  薫は杜若の後ろ衿をつかむ。でかい猫さながら杜若の上体が伸びる。見開かれた目を覗き込んで、薫は冷静に言った。 「許さなくていいよ。お前の大事な人をめちゃくちゃにした野郎も、それをネタにしてお前を動かそうとしてる野郎も、大事な人をめちゃくちゃにされてのうのうと生きてる野郎も、お前は許さなくていい」  耐えなくていい。許さなくていい。あいつも叔父さんもオレも。  オレもそうだ。月子を傷つけたクソ野郎も、月子をそんな目に遭わせた自分も、オレたちを置いていった五条も多分一生許せやしないんだ。 「ムカつくブッ殺してやるって言いながら前に進めよ。杜若がそうしてくれりゃ、オレもちったぁ愉快だぜ」  杜若は呆然と薫を見上げていた。薫はゲル化した友人を座布団に置き直す。 「写真、頼んだからな」  廊下に出ると、数歩離れたところに高田勝武が立っていた。杜若の祖母は足止めに失敗したらしい。薫は後ろ手に障子を閉め、杜若の耳に入らないよう少し歩いた。 「颯太に何か聞いたかな」  口火を切ったのは高田だ。薫と同じ速度で、距離を保ってついてくる。 「探りとか別にいいよ。オレはあんたらが仕事してくれさえすりゃそれでいいんだ、目ェ離して被疑者死なすとかくだらねぇ職務怠慢がないならな」 「耳が痛いね」  白々しい会話に付き合う気はない。薫は手帳を取り出し、メモページに自分の携帯番号を書きつけてミシン目からちぎる。 「オッサンも番号くれよ。名刺あんだろ」 「ないよ公務員には。口頭で言うからメモしてくれ」  高田は薫の渡した紙をスーツの内ポケットにしまい、十一桁の数字を諳んじた。薫はそのまま手帳に書き記していく。 「巻洲刑事は持ってたのに」 「自腹で作ってるやつもいるのさ」  そういうものか。薫が思っているより税金の使い道は厳しいようだ。 「そうだ、巻洲刑事ってまだ学校にいる? 山吹宵って先生が、五条が撮ったことになってる写真を持ってる。受け取って調べといて」 「了解」  もっと何か尋ねてくるかと思ったのに、高田はすぐに携帯電話を取り出した。縁側でどこまで聞いていたのだろうか。  高田は庭を向きながら写真の件を告げ、山吹宵という教師についてできるだけ詳しく調べるようにと言い添えて電話を切った。薫は立ち止まって高田を見ている。高田が振り向いて肩をすくめる。 「俺の顔に何かついてるかな」 「高田さん」  薫は高田の目を見て名を呼んだ。ペースを崩した方が負けだ。 「現場とか被害者の状況とか、そういうの杜若じゃなくオレに回してくれ」 「これ以上颯太のメンタルに負担はかけるなと?」  高田は半笑いだった。これは確かにいけ好かねぇなと内心で納得。 「オレの方が詳しいからだ。オレは二度誘拐されて二度生還してる。プロとは言えねぇがド素人よりはマシだろ」 「なるほどね」  高田はそうするとも嫌だとも言わなかった。  まぁいい。釘は刺した。帰って建物の写真を調べなければ。  家には誰もいなかった。  ちょうどいい。母が在宅していようものならまた小言を言われる。  リビングで弁当をかき込んだが足りなかったので、食パンを二枚もらってバターも塗らずハムとチーズを挟んだ。豆乳を注いだグラスと一緒に自室に持っていく。  写っていた建物の検証をしたいが、さて何から始めたものか。  鞄から写真を取り出したとき、昨日から入れっぱなしだった封筒が目に飛び込んできた。菜畑真朝の手紙だ。  うう、と薫は眉をひそめる。気は進まないが、あそこまで責められて放置するのもどうか。絞め落とした罪悪感も手伝って、最後まで目を通すことにした。  ぎちぎちに詰められた文字が現すところは、要するに友情と賛辞のようだった。薫は月子以外から褒められても心が動かない。それより、月子は人見知りだから他の人間に付きまとわれるのはとても困る。  何度か間違えて同じ箇所を読んでしまいながら、ようやく終盤まで来た。  貴方は私の仲間になる資格がある、と随分と上からな宣言と共にアルファベットが記してある。    n―i-n‐f.私の頭を覗いて来る連中から唯一つ    触れられない言葉、輝き,。ninf。貴方を救う、    導く言葉。忘れないで下さい、真実を、本当の貴方を 「『ここにビットコインで五〇〇ドル支払う』、とか続きそうだな」  薫は大事なヘアピンを外して頭をかいた。脳裏に浮かぶのは迷惑メールの一節。 『あなたがそれをする方法を知らない場合、GOOGLEに尋ねる。』  似たようなことが書いてあった。しかし菜畑が指定したのは検索エンジンではなく、オンラインストレージだ。薫は父のお下がりのデスクトップパソコンを立ち上げる。  言われた場所には圧縮ファイルがひとつ。パスワードがかかっている。手紙にある『ninf』を入力すると開いた。長々とした英数字名の動画ファイルがたくさん入っている。  ウイルススキャンで問題がないようだったので、一番上のファイルをダブルクリックする。他人にタックルをかましてまで見せたいものとは何なのだろう?  無音だ。手の大写し、そして二十歳かそこらの男性の顔。自分でカメラをセットして撮影を始めたらしい。部屋は異様に片付いており、画面内には男性と金属製のバケツしかなかった。  男性は壁際まで下がり、バケツを脚の間に抱えて腰を下ろす。フレームレートが低いようで動きがかくついている。男性はぼんやりした表情で口に手を突っ込むと、バケツに胃の中身を吐き戻し始めた。 「何だこれ……」  薫はハムチーズサンドを食べる手を止め、再生スピードを速める。男性は一時間もえずき、やがてバケツに顔を突っ込んで動かなくなった。録画はその後も三十分続いていた。 「何だよ、これ!」  薫は机を叩き肩で息をした。  何だこれは。あれは誰だ。何のためにあんなことをして、何の目的で撮影を? 再生を止めたのは誰だ、それともバッテリー切れ? この映像を回収したのは誰だ? 菜畑真朝は何故これを薫に見せたがった?  別のファイルを開く。違う男性が同じように録画を開始する。所狭しと置かれた二リットルのペットボトルを次々手に取り大量の水を飲んだ。他の男性。何時間もずっと自慰をして射精し続けていた。あれも、これも、ひとつの行為を倒れるまでやり続ける様子を、自分で撮影した動画だった。みな憑かれたように生気のない目。  もうやめよう。こんな、わけの分からない動画に付き合う必要なんてないはずだ。  最後に手が滑って、また別の動画を開いてしまった。今度は何をする気だ。気を失うまでオタ芸打ち? それとも二十四時間耐久ヘッドバンギング?  薫の皮肉などお構いなしに、男性は三十センチほどの棒状のものを手に取った。白鞘の短刀だと気付いたのは、それが腹に突き立てられてからだった。刃は皮膚を肉を横に裂き、男性は自らの手で、  ――薫は両手で自分の口を押さえた。昼食はほとんどせき止められずキーボードに部屋着にびちゃびちゃと降り注ぐ。 「あ……」  早く止めるべきだ。早く止めるべきだ。早く止めるべきだ。  この不愉快な映像を。  解っているのに、吐瀉物塗れの手でマウスに触れることを躊躇した。  その一瞬の間に。  男は。  引きずり出した、  はらわたを、  バルーンアートみたいに、

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