我々はニンゲンである。
第四話 彼女のヒミツである。-1

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 墨玲さんの車に乗せられて、おしゃれなカフェに連れて来られた。サクと俺は紅茶、墨玲さんはコーヒー。向かいに座る墨玲さんがコーヒーを飲む姿は、美しすぎて落ち着かない。 「すみませんでした。こんな、誘拐みたいなことをして」 「別にいいんですけど、用件は何ですか」 「一応、確認ですが。私のことはご存知ですよね?」 「鳴本墨玲、四月生まれの二十三歳。腹違いの弟がいる。高校生からNARUMOTOの専属モデルとして活動中」 「……ずいぶん、詳しいんですね」 「で? そんな有名人が僕みたいな一般人に何の御用ですか」  隣に座るサクをちらり盗み見る。サクはあくまで冷ややかに、墨玲さんを射抜いていた。  見なかったことにして墨玲さんに視線を戻す。伏せられたまつげ、瞼にのる紫がきれいだ。 「日崎さんに、NARUMOTOの専属モデルになっていただけないかと思いまして」 「僕が? 何で? そんなにNARUMOTOから逃げ出したいんですか?」 「私の代わりに、という意味ではなく。私と一緒に、NARUMOTOの看板になってほしいんです」 「僕に女装しろって言うんですか? 僕のこと、女だと思ってたんですよね?」 「たしかに女性だと思い込んでました。ですが、そもそもNARUMOTOは性別関係なく着用いただけるのがコンセプトなので。男性であったことは、こちらとしてはむしろ好都合です」 「――僕じゃなく、腹違いの弟に頼んだらどうです? 一番の適任だと思いますけど」  サクが立ち上がって、俺の後ろを通りすぎていく。結局サク、一口も飲まなかったな、紅茶。  どうしよう。サクを追いかけて、俺も帰ったほうがいいよね。 「私は、弟が嫌いです」  立ち上がろうとしたけど、墨玲さんの言葉で動けなくなる。柊の言う通りだった。でも、わざわざそんな、ハッキリ言わなくても。  サクも同じ気持ちみたいだ。振り返ると、立ち止まって墨玲さんを見ているサク。その視線にどんな感情が乗っているのか、俺にはよくわからない。 「あなたは、弟のことが好きなんですよね?」  サクが男だとわかったうえで、墨玲さんはハッキリとそう口にした。今それに触れるのは禁句――だけど。  墨玲さんはあまりにも凜とした面持ちで、サクを見るから。  俺も、柊も、きっともうサクの心には届かない。だから墨玲さんの、いわば無関係だった墨玲さんの言葉なら、サクに届きそうで。俺は願ってしまう。 「契約書は? まさか口約束ってことはないよね?」  サクが隣に戻ってきた。しかも敬語どっか行ってるし。ようやく紅茶に口をつけて、墨玲さんも少し安心したように微笑んだ。 「日崎さんの都合がいい日にまた、お持ちします」 「校門で待ち伏せされるのは困る。墨玲さん、目立つから。僕が行く」  話が進んでいく。俺を置いて。初めからお邪魔虫だったわけだけど、余計に居場所がない。  墨玲さんの言葉がサクに届いて嬉しい反面、サクが遠くに行っちゃいそうで怖くなる。もともと近くにいないのに。 『今から空き教室行っていい?』  柊に直接メッセージを送ったのは初めてのことだった。少しして既読がついて、『OK!』なんて元気のいいスタンプが届いた。キャラ物のスタンプとか使うんだ、変な感じ。  あれから一週間経って今日は水曜。ウソツキの会は解散したけどグループはそのまま残ってる。  誰も退会しないのは復活を望んでか、そもそも興味がなくて忘れられているのか。俺は前者だけど二人は後者だろうなぁ。  購買でパンを買って、例の空き教室に入る。水曜の昼休みはウソツキの会のために空けていたのか、柊は一人だった。誰かと何かしてたら『OK!』なんて言わないか、普通。 「そっちから誘ってくるとは思わなかったなー。やっぱミミナも、普通に女なんだ?」 「……ぶち殺すよ?」 「それ以外に俺の価値なんてあんの? 女はみんな、抱かれたくて俺に会うんだよ」  ずいぶん思考がねじ曲がってるな。俺は普通に、この前の報告をしようと思ってここに来たのに。墨玲さんから聞いてるかもしれないけど、俺一人じゃ抱えきれないから。 「ああ、男もいたか。サク――日崎太熊」  どういう気持ちなのか、今なら少しわかる気がする。好きな人に嫌われるつらさ。俺のサクへの気持ちは、恋愛感情じゃないけど。好意に嫌悪を返されるとつらい。 「サクに、謝りなよ。柊だってつらいんでしょ?」  窓際で風に吹かれていた柊が、無言のまま近づいてくる。背後で戸を閉められて、逃げ場を奪われた心持ち。怖くて動けない。 「じゃあ、俺と寝れば」  意味がわからない。サクを壊したのは柊なのに、柊まで壊れかかってる。  ――違う。柊はもともと、壊れてた。  妾の子なんだって。腹違いのお姉さんがいるんだって。そのお姉さんに嫌われて、でも柊は好きで。  逃げ場がないのは柊だ。誰とでも関係を持って、逃げたふりをしてるけど。

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