「いいねー墨玲さん、もっと寄りかかっちゃおうか!」 カメラマンの声とシャッター音が響き渡る。絵画に見立てているのか鏡に見立てているのか、大小様々な額縁を隔てて、サクは座って墨玲さんは立っている。 墨玲さんが額縁の向こうからサクの肩を肘置きにして、その姿がサマになりすぎて。さすがモデル。 「太熊くん、墨玲さんの手ぇ取ってみて! 自分の世界に連れ出す感じで!」 いかにもカメラマンって感じの指示が飛ぶ。サクは躊躇いなく墨玲さんの手を取った。 まっすぐ墨玲さんを見上げる横顔は、それこそ妖しい世界にいざなう案内人のようでもあって。端から見ているだけなのに息が止まりそうだ。 「へえ、案外サマになってんじゃん」 「うん……えぇ!?」 思わず声が出てしまった。いつからそこにいたのか、隣には柊。偉そうに腕を組んで撮影風景を見ている。 ――いや、偉いのか一応。社長の息子なわけだし。 「で? おまえは息詰まんないわけ? ずーっと見てるだけで」 言われてみれば疲れてきたかも。先に写真を撮って、あとで映像を撮るわけだけど、みんな忙しそうに動いているから。ただ見てるだけなのに変な疲れ方をしている。 「いいもん見せてやるから来いよ」 偉そうで、まあ偉いんだけど、にいっと笑う顔は少年みたいで。最後まで撮影を見たい気持ちもある。でも今はそれ以上に、普通に息がしたいと思ってしまった。 「はい、こっから好きなもん選んでー」 いわゆるフィッティングルームというやつだろうか。余裕で一人暮らしができそうなサイズの部屋に、NARUMOTOの服がずらりと並んでいる。 「えーっと。何で?」 「プレゼントしてやるよ」 「何で」 「……誕生日いつ?」 「一月だけど」 「誕生日おめでとー、はいプレゼント」 「いやもう半年も前だし」 半年前の誕生日を祝われても、ましてプレゼントだなんて、困る。柊はいったい何を考えているんだか。それともあれか? 社長の息子ってみんなこんな感じなのか? なんと豪勢な。 「本当かわいくねーなー。こういうときはラッキー! ってもらっときゃいいんだよ」 「で? 何を企んでいらっしゃるのです?」 「――さっき、社長に会ってさ」 社長ってNARUMOTOの社長のこと、だよね? 自分の父親を社長って呼んでるんだ。なんか、それってすごく、変な感じ。 「姉さん、来月ロンドンに短期留学するんだって。それで姉さんの代わりに店へ出ろって言われて」 なるほど。でもそれと、俺に服をプレゼントするとか言ってるのはどういう関係が? NARUMOTOの看板として店に立つことを喜んでいるようには見えないし、今だって伏し目がちでむしろ悲しそうだし。人にプレゼントとかしてられる気分じゃないのでは? 「俺は妾の子だからNARUMOTOに関わる気はない。それでミミナに、代わってもらおうと思って」 「……はあ!?」 声が出た。やたらと大きい声が。ここがスタジオじゃなくてよかった、そう思う反面。ここがスタジオだったら柊はこんなこと言わないだろうな、とも思う。 「墨玲さんの代わりの、柊の代わりとか、そんなのお父さんが許すわけないでしょ」 ここに墨玲さんがいれば柊はこんな無茶な提案をしないし、仮にしたとしても墨玲さんが止めてくれただろう。自力できちんと断らねば。 「社長にはちゃんと許可取ってるよ。俺よりNARUMOTOに合う人、連れてくるって」 「……それが俺?」 「今だって男の格好してるつもりなんだろ? NARUMOTOの服に性別はない。男女兼用っていうか、誰が着てもかっこよく見えるように作ってある。それがNARUMOTOの理念だから」 心が揺らぐ。柊は人の心を動かす力でも持っているんだろうか。それとも、そういう言葉を用意してきたんだろうか。うっかり刺さってるけど。 「俺は、NARUMOTOの良さがわかる人にNARUMOTOを着てほしい。NARUMOTOを必要としている人に、NARUMOTOを届けてほしい」 大量の服の中から一着、取り出し。俺に差し出してくる。ハイセンスなセットアップ。俺はこれに見合うような、かっこいい人間ではないけど。着てみたいと、似合いたいと、思ってしまった。 「契約成立。な?」 受け取ったセットアップはてろんとした素材で、黒だけど黒じゃない輝きを放っている。 墨玲さんなら余裕で着こなせるだろう。俺は――俺だって。ちゃんと着こなして、ちゃんとユニセックスな自分になるんだ。
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