我々はニンゲンである。
第七話 初めてのコクハクである。-5

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「あーあ、振られたなー」  カフェを出て、柊と二人で駅まで歩く。墨玲さんはもう少しカフェで過ごすらしい。帰る場所が同じなんだから、時間をずらす以外に距離を置く方法がないもんね。 「でも直接、振られたわけじゃないじゃん」  何の慰めにもならないだろうけど、何も言わないよりはマシかな。夏が終わろうとしている。まだ暑いけど、夕焼けはどこかもの悲しい。  ごめんなさい、とか。私は好きじゃない、とか。そんな言葉はさすがに、墨玲さんから出てこなかった。心の中で思ってたかもしれないけど。 「答えないってことは振られたってことだろ?」 「振られても、言わないよりはよかったんじゃないの」 「……次はおまえの番だからな」  恨みがましく睨んでくる、柊。俺の番かぁ。サクが今でも柊を好きなの、わかってて告白するとか。自分から振られに行くようなもんじゃん。  でも、言わないよりはマシ? 気持ちを伝えることで、少しはサクの中に入れるのかなぁ。入ろうとしたら秒で閉め出されるかも。 「おっ、うちのCMじゃん」  柊の視線を追うと、大型モニターにサクが映っていた。続けて墨玲さんのアップ。  スマホでも見たし、NARUMOTOでのバイト中にも店内のモニターで流れてたけど。この大きさだと余計、圧倒されるなぁ。 「サクってやっぱり、モデルなんだね」 「何、今さら」 「なんか遠いなーって思って」  何度も見たはずなのに、永遠に見慣れない気がする。見ているようで見ていないのか。目をそらしているのか。だって、現実味がなくて。CMだから当たり前なんだけど。 「サクは変わってないよ。周りの見方が変わっただけ」 「……そうかな? 俺は、サクが変わったって感じる」 「それは、おまえのサクを見る目が変わっただけ。本質なんてそう簡単に変わんないって」  本質――柊を好きなこと。  なんか笑えてきちゃうなぁ。そんなの振られるの確定なんだけど、ちょっと嬉しいのは何でだろう。  サクがサクのまま変わらないことが、嬉しい。変なの。  九月の連休――いわゆるシルバーウィークが明けて、月曜。飛び飛びの祝日って嬉しいような嬉しくないような。いや、あるに越したことはないんだけど。  もうすぐ文化祭ということで、クラスの出し物のための準備中。普段の授業よりいいっちゃいいけど、普通に授業受けてるほうが楽っちゃ楽だな。 「瀬戸見さん、プリコン出ないの?」  同じ大道具係の木村さんが話しかけてくる。俺も手を止めずに答えようとは思うけど、はて? プリコンとは? 「プリンス・プリンセスコンテスト。略してプリコン」  首をかしげたら教えてくれる。へーえ。ミスコンみたいなやつかな。そういうのあるんだ。文化祭って感じ。 「去年のプリンスは鳴本先輩、プリンセスは日崎先輩」  そっか。去年の今ぐらいには、もうサクは女装のプロで。他の女子を差し置いてプリンセスになってしまったのか。ていうか。 「詳しいね、木村さん」 「鳴本先輩つながりで、先輩たちから情報入ってくるからねぇ」  わお。情報源そこなのね。そりゃそうか、先輩から聞くのが手っ取り早いに決まってる。俺たちはまだ一年で、全部が全部初めてなんだもの。 「プリンスの数が少ないんだって、今年」 「……あれ? プリンスのほうに出ろって言ってる?」  一応、俺、女子に戻ったつもりなんですけど。今だってスカート穿いて作業してるし。動きにくいからジャージに着替えればよかったって若干、後悔してもいるけど。 「初めて瀬戸見さん見たときさ、ちょっと感動したんだよね」 「……感動?」 「ズボン選べるの知ってたし、何なら興味もあったんだけど。無難にスカート買って、でも入学式に、瀬戸見さんはズボンで現れてさ」  入学式。みんなの視線が刺さって痛かったのを覚えている。女子の列にズボンの俺が並ぶんだもん。そりゃあ無駄に目を引くよね。 「正直かっこいいなって思ったよ。度胸あるな、って」  自分だって充分、度胸あると思うけど。木曜の女として、先輩たちに混ざって、柊の奪い合いに参戦してたわけでしょ? すごいよ。 「制服を選べるなら性別だって選べるはずでしょ。去年の日崎先輩みたいに」  サクみたいに、なれるのかなぁ。男子になりたいわけじゃない。自分を守りたくて男子になりきってただけ。そんな俺が男装するのは、もはや罪じゃないかな。 「まあ、今年は鳴本先輩と日崎先輩がプリンスのほうに出るから、瀬戸見さんは勝てないかもだけど」 「……じゃあ、出ないよ。勝ち目ないんだし」  柊とサクが出るから、プリンスの数が足りないのか。俺が男子でもそうするなぁ。傷つくだけだし。  負けて傷つくのは、プライド? 俺に何のプライドがあるの? ――何も、ないかもしれない。  考えるのが嫌になってきた。とりあえず、目の前の作業に集中しよう。俺は大道具係。主役じゃない。ただの裏方。でもきっと、必要な役回り。

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