我々はニンゲンである。
〈おまけ〉エピローグ ―柊― -1

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 もう、あの空き教室に行く予定はなかった。  モブとかいうよくわかんねーやつの呼び出しは無視したし、卒業するまで行く予定はなかった。卒業してからも行く予定なんてなかったけど。  でもサクからの呼び出しだ。昼休みに、空き教室へ、俺を呼び出す。それがどういう意味なのかわかって、無視するという選択肢は消えた。 「……来てくれたんだ」  振り向いたサクは誰がどう見ても“男”だった。まあ、たしかに? かわいい顔立ちではあるけど。  昼休みの空き教室。サクと二人きりになるのは久しぶりで、だからか少し、妙な緊張感が漂っている。 「呼び出しといて何だよ、その言い草」 「来ないかと思ったから」 「はー?」 「モブさんからの呼び出し無視ったでしょ。ぐしゃぐしゃに丸めて」 「知らねーやつに呼び出されてホイホイ行く俺じゃないんで」  普通に話せていることが不思議だった。それはサクも同じなんだろう。ふう、ため息を落とす。そのため息に、サクの緊張を嫌というほど感じる。 「柊に、ちゃんと言っとかなきゃいけないことがあって」  ビビんなよ。今までにもさんざんあっただろ、こんなこと。告白されて振る、ただそれだけのことじゃねえか。  相手が男だからって、サクだからって。何ビビってんだよ。 「ずっと、柊のことが好きだった。本気で柊に、振り向いてほしいって思ってた」  過去形なんだよな。サクはもう前に進んでる。いや、進もうとして進めなくて、だからちゃんと終わらせようとしてる。  俺が邪魔なんだ。前に進むのに。 「柊はさ、僕にとってヒーローみたいな存在でさ」  そんなかっこいいもんじゃないだろ。おまえがいじめられてるの知ってて、見て見ぬふりしてた他のクラスメートと同じだよ。もっと早く助けることもできたのに、しなかった。 「たぶんその気持ちは、これから先も消えないんだ」  なぜだか泣きたくなった。サクが穏やかに笑うから。知ってる。その気持ちを、俺も知ってる。  姉さんは俺にとって天使みたいな存在で。姉さんに嫌われても、振り向いてもらえなくても、そんなことは別にどうでもよくて。  ただ姉さんが幸せなら、幸せでいてくれたら、って。祈る気持ちは消えない。 「だから、柊。早く」  振って。わざわざ言葉にされなくても、伝わるけど。今まで俺はどうやって振ってきたんだっけ。どんな言葉で、どんな気持ちで、振ってきた?  特定の相手は作らない主義だから――ウソツキ。他に好きな人がいるから、なんて、サクに今さら言うべきことじゃない。  もっと違う、決定的で、かつ、この関係に終止符を打たない言葉で。 「俺は、サクのこと、友達としか思えない」  この言葉に嘘はなかった。サクになら気を許せた。何でも言えた。それこそ、俺の本命が姉さんだとか。叶わなくてもいいんだとか。そんなことを恥ずかしげもなく、サクには言えた。  にっこりサクが笑うから。泣きそうな顔で、それでも笑うから。その笑顔がニセモノにならないことだけを、願う。 「……あれ、木村ちゃん」 「どうも」  あの日のうちにサクは女装姿に戻って、ミミナと新しい恋を始めた。ウソツキの会は名前を変えて――結局サンカクの会になった――継続。  俺はのけ者にはされず、サクとミミナの“友達”という位置づけで落ち着いた。そんな放課後。  いつも通り一人で帰ろうとしたら、靴箱のそばに木村ちゃんが立っていた。ミミナのクラスメートで、俺とは木曜に会っていた。  木曜に会う相手が木村、って。まんますぎてちょっと笑える。 「俺に何か用?」 「鳴本先輩。明日、誕生日ですよね」 「明日は学校休みだね」 「一緒にいてあげましょうか」  こういうの本当、調子狂うんだよなぁ。木村ちゃんって見た目は100パーセント女子なのに、媚びない。何ならちょっと上から来る。一応、俺、先輩なんですけど。 「日崎先輩、戻っちゃったし。瀬戸見さんと付き合ってるみたいだし。寂しいんじゃないですか」 「……付き合うってさぁ、お互いに引っ付き合ってる感じだけど。俺と木村ちゃんの場合は」 「一方的に付きまとわれて困ってる、って感じですか?」 「自覚はあるんだ?」  靴を履き替え、木村ちゃんを通りすぎる。これぐらいの反撃ならいいでしょ。それに俺はもう、テキトーなことはしないの。テキトーに遊ばないの。  少しして木村ちゃんが追いかけてきた。後ろについてくるんじゃなく、普通に並んでくる。いろいろと遠慮がない。別にいいけど。

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