我々はニンゲンである。
〈おまけ〉エピローグ ―柊― -2

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 校門を抜けたところで、ふと思う。そういえば木村ちゃん、まだ新入生だってのにグイグイ俺のとこ会いに来てたけど、いくら俺がイケメンでモテモテだからって、さすがにアレじゃない? 「木村ちゃんってさぁ、何でそんなに俺なの?」  率直な疑問を投げかけると、木村ちゃんはくるりと瞬き。何その反応ちょっとかわいいじゃん、とか。思ったり思わなかったり。 「やっぱり覚えてないんだ」  とうとう敬語さえなくなってしまった。思わず立ち止まったけど、木村ちゃんはそのまま進むから。今度は俺が追いかける。 「鳴本先輩、転校生だったんですよ」 「転校――ああ」 「小学校のね。あたしは知らなかったんだけど」 「転校したの小一だし」 「あたしが入学する前ですもんね」  何が言いたいのかよくわからず、首をかしげてはみるけど。先を行く木村ちゃんは気づかない。  何で俺が追いかけてるんだ。まあ、どうせ行き先は同じなんだけど。 「鳴本先輩に廊下でぶつかったことあって。あたしのノートとか拾ってくれたんですけど、そのとき」  急に、遠くにあった記憶が差し迫ってきた。おぼえてる。あのとき、おれ、ないたんだ。  近くにいた先生がどこか痛いの、って。心配してくれたけど違くて。――いや、でも、違わなくもないのか。 「鳴本先輩、前は木村柊だったんですね」  どんだけ木ぃ生い茂ってんだよ、って。今になれば思う。俺ならこんな名前つけない。せめて木は生やさない。だから思った。終って書こうとして間違えたんじゃないか、って。  俺が生まれたことで終わり。母親と社長の関係は終わり。そもそも不倫した時点で母親の人生は終わり、とか。  別に俺の人生は終わらなかったけど。母親が捨ててくれたおかげで姉さんに出会えたんだし。姉さんを好きでいる時間が、いた時間が、無駄だなんて思えないから。 「ずいぶん図々しいお母さんですよね」 「……えぇ?」 「鳴本先輩に忘れられたくないから、木偏の漢字を選んだんでしょ?」  その発想はなかった。だから面食らって、また立ち止まる。しばらく動けずにいたら木村ちゃんが振り向いて、俺を包み込むみたいに微笑んだ。 「あたしが鳴本先輩を守ってあげようと思って。悲しいことから全部。だからあたしは、鳴本先輩なんです」  ――本当、上からなんだよなぁ。調子狂うわぁ。なんだか笑えてくる。  足を前に踏み出して、木村ちゃんに近づく。木村ちゃんは逃げない。ただ、そこにいる。 「そういえば俺、木村ちゃんの下の名前、知らないんだけど」 「高校で会ったとき自己紹介しましたよ」 「覚えてない」 「ひどくないですか」 「ひどいね、でも、名前で呼びたい」  ずるくてごめんね。木村ちゃんの気持ち、わかってるから使うね。  嘘じゃないよ。名前で呼びたいの。ちょっと、なんか、意味がなくもなくて。どちらかというとあって。 「木村ののか」  言い終わるタイミングでキスをした。そうだ、そんな名前だった。ノートを拾ったとき、悲しい感情の中でかわいい名前だな、なんて。  あの空き教室でさんざんしたのに、このキスは何か違う気がするのは何でだろうね。唇を離して木村ちゃん――ののかちゃんを見下ろす。身長的には俺だって上からだ。 「鳴本先輩、今のはどういう意味ですか」 「さぁ? 帰ろっか、ののかちゃん」 「ずるい」 「ずるいね、でも、そういう俺を守ってくれるんでしょ?」  手はつながない。腕だって絡めないし、肩も抱かない。でもちょっと何かでつながってる気がするの。気のせいかな。

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