我々はニンゲンである。
我々はニンゲンである。-3《完》

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「何で柊は落ち着いてんの? サクが死ぬかもしれないんだよ!」 「アイツがそう簡単に死ぬと思うか?」 「わかんないじゃん! 柊に振られたんだから!」 「はぁ? 俺のせい?」 「もう、柊に構ってる時間ないから!」  柊を置いて二年三組の教室に飛び込む。中には何人か先輩たちが残っていたけど、サクの姿はない。ここでもない。ていうか残ってるの、サクをいじめてた先輩たちじゃん。  あんたたちがサクをいじめなければ、サクに女装させなければ、柊がサクを助けることも、サクが柊を好きになることも、なかったのに。苛立った気持ちのまま睨むけど、同時に悲しくもなる。  だって全部なかったら俺はサクに出会えなくて、サクを好きにもなれなくて、サクのためにこんな、全力疾走したり、なくて。肯定したくないけど否定だってしたくない。全部必要だった、なんて悟りを開いてるわけじゃないから思えないけど。 「サク――日崎先輩、どこにいるか知りませんか」  先輩たちに声をかけた。前に俺が水をぶっかけた、いじめの主犯格であろう先輩が首をかしげる。 「さぁ? ホームルーム終わってすぐ出てったけど」  どうも、と会釈して立ち去ろうとしたけど。主犯格が近づいてきて、俺の顔をまじまじと見てくる。なんか嫌な予感。 「あんた、プリコンに出てた瀬戸見未那でしょ? タクマに告るつもりだったらやめといたほうがいいよ。アイツ、ゲイだから」 「男でも女でもないなら恋愛対象外じゃん?」 「ていうか昼休みにさぁ、柊に告って振られたんでしょー?」 「マジ気持ち悪い」  何だか笑えてくる。ああ、たしかに。人間の本質ってそう簡単に変わらないなぁ。かわいそう。哀れ。あんたたち本当、人間として終わってるよ。 「サクの何が気持ち悪いの? 本気で人を好きになったこともないくせに」 「……はあ?」 「男とか女とか、そんなの問題じゃない。誰かを本気で好きになるって尊いことだよ」  俺は知ってる。少なくともこの人たちよりは、知ってる。サクから柊への片思い。柊から墨玲さんへの片思い。木村さんや、サクのファン。どんな恋だって、叶わなくたって、同じだけ尊いの。  だから俺の恋だって。あきらめたくない。サクにもう一度会いたい。何度だって会いたい。  言い逃げして教室から出たら、柊がいた。呆れたように笑っている。屋上にも教室にも、サクはいなかった。柊には心当たりでもあるのかな。 「昼休みさぁ、あの空き教室で告られたんだよね。だから、サクが死ぬとしたらそこだと思う」  あの空き教室にはもう行かないって言ってたじゃん。サクに呼び出されて、ちゃんと行ったの? ねぇそれって、恋愛感情とはまた違うかもしれないけど、柊もサクが好きってことじゃないの? 「行ってこい、ミミナ」  文字通り柊に背中を押され、走り出す。初めから不思議だった。柊はサクに、心の中を見せすぎなんじゃないかって。本命が別にいるとか、それが墨玲さんだとか、血がつながってても好きだとか。そんな大切なこと、サクには話せたんだ。  階段を駆け上がる。この先にサクがいる。空き教室が近づいてきて、自然とスピードが緩んだ。死なないで。生きていて。まだ話したいことがあるよ。また家にも遊びに来てよ。サクの家だって、行ってみたいよ。  戸を開けた。がらがらと、その音がやけに響いた。空き教室の中にサクはいた。窓を開けて、風に吹かれている。涙が出そうだ。  ピンク色の髪はふわふわ、肩まで伸びていて。ピンク色のカーディガンは少し大きめで、萌え袖になっている。深緑色のスカートはちょっと短すぎるんじゃないの? なんて、俺は心配にもなる。 「ミミナ!」  振り向いたピンクの妖精――サクが笑顔で駆け寄ってくる。その勢いのまま抱きつかれて、バランスを崩しそうになるけど何とか耐えた。現実なのかな。不安になって、サクの背中にそっと手を添える。あたたかい。 「ずっと……ずっと、やめらんなかったの。柊が好きなこと。女装やめても、柊を好きでいるの、やめたくなかった。アイデンティティー? っていうか」  少しわかる気がする。俺も、俺でいるのをやめられなかったから。やめたくなかったから。 「自分が自分じゃなくなっちゃいそうで、怖くて、手放せなかった。でもやっと終わりにできた」  サクの腕が緩んで、ゆっくりと目が合う。黒々とした瞳には光が射している。まつげはこぞって上を向き、唇にはピンクがのっている。かわいいの極み。 「だから今度は、ミミナが魔法をかけてよ」  俺も魔法使いになれるのかな。サクみたいになれるのかな。心の中で転がる石ころが、輝きを放つのがわかった。ああ、これが。これが俺の恋なのか。 「女装してるサクも、男のサクも、変わらず好きだよ」  サクが大事に抱きかかえていた闇は、どこにいるのかな。もうないのかな。それとも、これから先もずっとサクの中にあり続けるのかな。 「男にも女にもなれない、中途半端な俺だけど」  ぎゅう、力いっぱい抱きしめられて、いよいよ泣きそうだ。風が吹いて、サクの髪がこそばゆくて、俺も同じだけの気持ちを込めて抱きしめ返した。 「それでいいじゃん。中性でいい! こんなにかっこよくて、こんなにかわいいの、ミミナしかいないんだし!」  幸せってたぶんこういう形をしている。こういう色で、感触で、こういう温度だ。あたたかい。大好き。 「ったくよー。おまえら、見せつけやがって」  背中で声がした。だからサクの腕が緩んで、俺も振り返る。予想通りそこにいたのは柊で、呆れ顔でスマホを掲げている。 「集合ー! ウソツキの会、再始動! だってよ」  柊がスマホを見せてきて、その言葉がサクからのメッセージだと理解する。え? あれで終わりじゃなくて、続きがあったの? 「サク、おまえ紛らわしいんだよ。ミミナはおまえが死ぬ気だと思って、必死でおまえのこと捜してたんだぞ」 「え? 何で僕が死ぬの?」 「俺に振られたから?」 「そんなことで死なないし、だとしたら柊と一緒に死ぬでしょ」 「何だそれクソ重いな」 「そうだミミナ、僕こう見えて重いから。覚悟しといてね?」  あざとくウインクを決めてから、サクは俺を解放した。ガガガと机を動かし、懐かしの三角形を作る。まずサクが真ん中に座って、柊も座って、だから俺も座った。 「今日の議題はあれだね、ウソツキの会の名前を変えようと思いまーす!」 「はぁ? 再始動じゃなかったのかよ」 「だって柊はもうウソツキじゃないし、ミミナと僕だってウソツキとかじゃないもん」 「そもそも名前っているか? 別にサークルとかじゃないんだし」 「名前は大事だよ! 柊には柊って名前があるし、僕にはサクって名前が、ミミナはミミナだし」 「おまえらあだ名じゃん」  サクと柊が普通に話してるだけで嬉しい。嬉しすぎて頬が緩んでニヤニヤしてしまう。やっぱり二人はこうでなきゃ。これでこそ柊サク。 「ちょっとミミナ、へらへらしてないで何かアイディア出してよ!」 「んー……サンカクの会、とか」 「いいかも! サンカク!」 「サンカクって、見たまんまじゃん」 「そう言うなら柊もアイディア出しなよ」 「おまえこそな」 「だって僕は議長だし?」  吾輩はニンゲンである。性別はまだない。これから先もたぶんずっと、ない。大好きな人がいる。そのままでいいと言ってくれる、大好きな人がいる。それ以上に望むことは何もない。――なんて、大げさかな。

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