「ふーん。それがすっごくいいニュース?」 「違う、ちょっといいニュース。俺は知らなかったんだけど、姉さん同性愛者なんだって」 「え、知らなかったの?」 思わず立ち止まる。いや、だって、てっきり知ってると思ってたから。振り向いた柊が首をかしげる。いやぁ、うん、まあ、そうだよねぇ。 「ミミナおまえ、知ってたの?」 「――うん、なんか流れで」 言いながら柊を追い越す。少しして柊がついてくる。もしかして墨玲さん、俺にしか言ってなかったとか? 仲間意識? うーん、あり得るな。 「相手に打ち明けたらさ、相手もそうだって言い出して。婚約は破談になったけど、いい友人になれそうだって言ってた」 「それがすっごくいいニュース?」 「姉さんにお礼言われたんだよ。俺のおかげだって。俺が告ったから、打ち明ける勇気出たって。超嬉しくない?」 声が弾んでる。何なら足も弾んでる。ステップでも踏みそうなノリ。どんだけ嬉しかったの。子どもみたいでなんかちょっと、笑いが込み上げてくる。 「そんなに嬉しいの?」 「当たり前だろ。姉さんの役に立てたんだ。こんなに嬉しいことはない!」 「何でサクが柊を好きなのか、ちょっとわかった気がする」 「……じゃあ俺と付き合う?」 「いいからもう、そういうのは」 よかった。墨玲さんはちゃんと自分で決めたんだ。自分が納得できるように動いたんだ。 やっぱり墨玲さんはかっこいいな。俺もちゃんと、自分で納得できるように動こう。 「ミミナはもう男に戻ったんだもんな? 男の俺は恋愛対象外かー」 「まあ、男同士ってのもアリだと思うけどね」 「おー? 俺とアリってこと?」 「柊とはナシ」 「うぜえ」 文化祭当日。男子の制服を着て、学校へ向かう。今日はカバン以外に、NARUMOTOの紙袋も持って行く。中には柊がくれた黒のセットアップ。今日のプリコンの衣装だ。 別に衣装を用意しなくても、制服で出てもいいらしいけど。去年の柊サクはそれぞれ制服で出たらしい、というのは木村さんからの情報。 うちのクラスの出し物は劇で、公演は午後だから午前は自由時間。木村さんは付き合いのある先輩たち――たぶん月曜の女とか――のクラスを見に行くようで、誘ってくれたけど断った。一つだけ行きたい場所があって。 空き教室を貸し切って、様々な作品が展示されている。インパクトのある謎オブジェ、誰かの顔の彫刻、そしていろいろなサイズの額縁に納まる絵画たち。その中にそれはあった。 タイトルは『主役』、作者はモブさん。あのときモブさんが見た、モブさん目線のサクが描かれている。黒板に伸びる拳、射抜くような鋭い眼光。すごい迫力。 「観に来てくださったんですね」 話しかけられると思ってなくて、完全に気を抜いていた。隣を見るとモブさん。穏やかな笑みを携え、自分が描いた絵を見ている。 「ちょっと、気になって」 モブさんってけっこう背が高いんだな。あのときは教壇に立ってたからだと思ってたけど。柊と同じぐらい? BLが好きな男子もいるとは知ってたけど、本当にいるんだもんな。柊サクのファンは他にもいるんだろうか。 みんなそれぞれ好きなものがあって、それを大事にできれば、世界は平和になるのかな。 「サク様に言われて気づきました。某は、何も見えていなかったと」 ナチュラルに某が一人称だったんだ。ペンネームもモブだし、けっこうキャラ濃いなぁ。脇役ぶっても逆に目立ってる。 「変わってしまったことにだけフォーカスを当てて、変わらない部分を見落としていた。サク様はサク様のまま、変わらずに輝いていたのに」 柊も言ってたな。サクは変わってないって。変わらずにいてくれたら、なんて思う。サクに救われたのは事実だから。 サクの魔法がとけて、心に残った石ころは、今も心の中を転がってて。時々それが痛くもあって。でも捨てられない。捨てたくない。
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