我々はニンゲンである。
第三話 奴はサイテーである。-5

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『相談したいことがある  今からあの空き教室に来てくれ』  柊から直接メッセージが届いたのは初めてのことだった。ちょうど着替え終わって、購買でパンも買って、自分の教室に戻ろうとしていたところだ。  はぁ? 相談? 空き教室に来てくれ? おまえが来いよ。  ――とも、思ったけど。相談の内容がサクかもしれないと思って、水着をロッカーにしまってから空き教室に向かった。  さっき木曜の女が噂をしたからなのか。まあ何でもいいけど。俺はつくづく、サクに甘い。 「あれー? 髪、濡れてんじゃん。誘ってんの?」  開口一番それってどうなの。もうその口は永遠に閉ざしといてくれ。空き教室に来たばっかりだけど、もう帰りたい。無言のまま背を向ける。 「冗談だってー。怒んなよミミナ」  怒ってはないけど気安く呼ばないでほしいし世の中には言っていい冗談とダメな冗談があってね?  柊にミミナ呼びを許した自分を叱ってやりたい。苗字で呼ばせるべきだった。  ミミナは、サクがつけてくれたあだ名で。サクが、柊につけてもらったサクを大事にしてたみたいに。俺も大事にしたかったんだけどな。 「相談って何」  ひとまず廊下側の机にパンを置いて、座る。窓際で風に吹かれていた柊が、近くに椅子を引いてどかっと腰掛けた。 「前に、姉さんがサクに会いたがってるって言ったろ?」  パンを食べながら頷く。墨玲さんはいったいサクに何の用なんだろう。NARUMOTOに行ったとき、俺が逃げ出したから。何か忘れ物をした、とか? 「あれから時々、うちの校門で待ち伏せしてるらしいんだわ。でも見つからなくて困ってるって」 「それは――サクがサクじゃなくなったから?」 「まあ、そういうことだな」 「柊が間に入れば済む話でしょ。墨玲さんだって、困って頼ってきてるんだし」 「そういうわけにはいかないだろ。サクはもう俺に会わない」 「俺だってサクにもう会わないって言われたし」  あらためて思い出すとへこむ。男に戻ったサクも変わらずサクだよ、とか。そういうふうに思えたら、言えたらよかったんだけど。  男性恐怖症とまではいかないけど。引っかかりはあって。距離を詰める勇気はなくて。そのくせ男のふりして自分を守ってるんだもんな。狡猾。 「このままサクと離れていいわけ?」 「……また、俺がサクを好きだとか言い出す気?」 「好きじゃなくても、友達だったんだろ?」  友達だった、とか。過去形にしないでよ。今だって心にはずっとサクがいて、だから柊と二人きりでも逃げ出さずに済んでるの。  逃げたいよ、本当なら。サクの好きな人だから信じたいんじゃん。 「今日も姉さんはサクを探すってさ。放課後、ここにサクを呼び出すから。サクと一緒に帰って、姉さんの目印になってくれ」  ずるい。サクを傷つけておいて、墨玲さんのためならサクも差し出すんだ。サクと離れたくない俺の気持ちまで利用して。――ずるいのは、俺だって同じだ。 「わかった。やってみる」  柊のせいにして、墨玲さんのせいにして、それでもサクに会いたい。  あのときは拒絶されたけど、あれからもう二週間だ。気持ちが変わってるかもしれない。俺を、受け入れてくれるかもしれない。

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