結局サクからの返信はなく、そもそも既読すらつかず、放課後。靴箱のそばにサクの姿はない。 いつもサクが先にいて俺を待っていてくれたから。そういえばサクが何組なのか、知らない。 ひとまず靴を履き替えて、二年の靴箱を片っ端から見ていく。ひさきひさき――いや、今、柊の靴箱とかどうでもいいから。ていうかまだ学校にいるのか。どうでもいいけど。 「サクならもう帰ったよ」 後ろから声をかけられて、その声が柊だとわかって、内心がっかりする。どうせならサクがよかったな。でもサクはもう帰って、ここにはいないのか。 「あのあと早退したんだと。体調が悪いとかで」 靴を履き替えながら説明してくれる。たしか今はクラスが違うって、サクは寂しいって、言ってたはずなのに。一応、心配してたりするんだろうか。 体調が悪い――それが本当ならいいな、なんて思ってしまう。体調ならきっと治る。でも、心は? そう簡単に治るのかな。 「一人で帰りたくないなら俺と帰る?」 「……お断りします」 「かわいくないねぇ」 呆れたように笑って、俺を通りすぎていく。サクがいないんなら残っててもしょうがない。俺も帰ろう。 昇降口を出たら柊に追いついてしまった。柊って歩くの遅いんだな。 「こないだ、姉さんに会ったんだって?」 訊かれたら困ることを不意打ちで訊かれて、うまく返せず黙り込む。柊に内緒でサクと一緒にNARUMOTOへ行って、墨玲さんに会ったこと。今までウソツキの会でも話題に上らなかったのに。 「姉さんがサクに会いたいんだってさ」 「サクに? 何で?」 「さぁ? 俺が間に入ろうかって言ったけど断られたし」 「やっぱり仲、悪いんだ」 「いいか悪いかで言うと悪いんだろうな。俺とミミナみたいに」 「複雑な家庭環境と一緒にしないでいただきたい」 わかってる。柊は歩くのが遅いわけじゃない。俺が追いつくのを待っていた。 今だって。俺のペースに合わせてる。それが柊の優しさだって、わからなくはない。 「複雑――ねぇ。腹違いの姉弟で、俺は妾の子。否定はできないか」 そうだったんだ。半分だけ血がつながってるって、サクが言ってたけど。柊が妾の子だとは知らなかった。 でもそうか、普通に考えれば。墨玲さんはNARUMOTOの専属モデルで、時々店頭にも立っている。お姉さんだからじゃなく、正統な後継者だったんだ。 後継者、かぁ。うちは普通にサラリーマンのお父さんと、パートのお母さんだから。きょうだいもいないし、継ぐべき家業もない。 だからわからない。墨玲さんが背負っているものが、どれだけ重いのか。背負えないことで、柊がどれだけつらいのか。背負うものがない俺にはわからない。 翌朝。昨日が水曜だったから、今日は当たり前に木曜。 今日も深緑色のジャケットを羽織って、なんとか電車に乗った。昨日、体調不良で早退したぐらいだ。サクはいないだろう。 まだ既読もつかないし、当然、返信もない。サクで埋め尽くされていたはずの日常が、どこか遠くへ行ってしまったように感じる。 「おはよ、ミミナ」 声をかけられて、その人を見たけど。すぐにはわからなかった。普通に通りすぎてしまうぐらいには、別人だった。 髪は全体的に長くてぼさっとしている。つり目がちな大きい瞳は、生気がなく虚ろ。化粧っけなんてあるはずもなくて、どこにもピンクは見当たらない。 ワイシャツにネクタイ、そして深緑色の――ズボン。同じ学校の男子だということしかわからない、俺の知ってるサクじゃない。 「……おはよう。サク?」
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