我々はニンゲンである。
第四話 彼女のヒミツである。-2

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「まあでも、おまえが俺と寝たって知ったらサクは許さないだろうけどなぁ」  柊の言う通りなんだろう。サクは廊下でいつも、誰が柊と会っているのか確認してた。たぶん、その子たち全員を敵だと見なしてた。俺だって初めは敵扱いされてたし。 「サクをほっとくかサクに嫌われるか、どっちがいい?」  まず、柊とどうこうっていうのはあり得ない。これ以上サクに嫌われるのも勘弁だし。だからってサクをこのまま放っておくなんて。できないし、したくない。 「柊は、墨玲さんがどうなってもいいんだ?」  背後で柊が動揺するのがわかった。サクが何を考えてるのかわからないけど、少なくともモデルに興味があるわけではなさそうだった。  それでも墨玲さんの言葉が届いたのには、何か理由があると思う。 「何でここで姉さんが出てくるんだよ」 「サク、NARUMOTOの専属モデルになるんだって。墨玲さんの用はそれだよ。墨玲さん直々にスカウトしに来るなんて、よっぽどサクが気に入ったんだね。このままじゃサクに墨玲さん、取られちゃうんじゃない?」  サクの狙いは墨玲さんなんじゃないか、って。この一週間ずっと、そんな考えが頭から離れてくれなかった。  墨玲さんは柊の本命だ。墨玲さんに近づくことは、柊への復讐になり得る。  柊が無言で出て行く。廊下は走っちゃダメなのに、走るから。俺も慌てて追いかける。二年三組――柊は二組だった。サクのクラスだろうか。 「あれー、柊じゃーん。昼休みにこんなとこにいるなんて珍しーい」  サクは教室の真ん中で一人、お弁当を食べていた。前はピンクのお弁当箱だったけど、今は黒。徹底的にかわいいを排除している。 「どういうつもりだよ? うちの専属モデルになるって」  二人が話すのは久しぶりのはず。いきなりそんな、喧嘩腰で大丈夫なんだろうか。柊に発破をかけたのは俺だけど――サクと、目が合った。  先輩のクラスだとか関係なく、サクのクラスだから中に入れない俺を、サクはその黒い瞳で一瞥した。呆れているようにも見える。 「へーえ? ミミナ、柊にしゃべったんだ。ずいぶん仲いいんだね? 妬けちゃうなー」 「何ふざけてんだよ。姉さんに手ぇ出したらわかってるんだろうな?」 「えーわかんなーい」 「おまえなぁ!」  胸ぐらをつかんで、無理やりサクを立たせる。ガコン、後ろの机にサクの椅子が盛大にぶつかった。  柊は思っていたより背が高い。威圧的にサクを見下ろしている。 「悔しかったら墨玲さんに手ぇ出せば?」  あごを上げて、冷ややかに柊を見下げる。これは本当にサクなのだろうか? 信じられないというより、信じたくない。 「って無理かぁ。二人、血ぃつながってるもんね?」  嫌味たっぷりに笑う。柊が一番、突かれたくないところ。  乱暴に胸ぐらを放し、柊はサクに背を向けた。途中、目が合ったけど、俺が先にそらしたから。柊は何も言わずに俺を通りすぎた。  俺も、自分のクラスに戻ろう。踵を返す前にもう一度サクを見た。柊につかまれたせいで乱れた胸元を直している。  本当に男だったんだなぁ。なんて、平たい胸を見て思う。女子の制服を着てた頃は、ピンクの妖精だった頃は、パットでも入れてたんだろうか。  考えなくていいことを考えていたらサクと目が合った。勢いよくそらして背を向ける。早く、逃げろ、俺の知らないサクから。

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