我々はニンゲンである。
第六話 吾輩のコイである。-5

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 少し遅れて複数の足音が聞こえて、空き教室に入ってきたのはサクをいじめていた先輩たちだった。前にファミレスで水をぶっかけたけど、相手は覚えてなさそうだ。小さく首を横に振る。 「もう、タクマったらどこ行ったんだろう!」 「一緒に写真撮りたいだけなのにぃ」 「タクマー!」  ぱたぱたぱた、足音が遠ざかる。なんか、うん、ちょっとわかってきたかも。木曜の女も店長も言ってたけど、たしかに大変なことになってるらしい。モテるって大変。  そっと戸を閉めて振り返る。サクが様子をうかがいながら、教卓の下から出てきた。  なんかすごく久しぶりな気がする。あの日から――気持ちを自覚してから、まだ一週間も経ってないのに。 「ミミナありがと、助かった」  名前を呼ばれることがこんなに嬉しいんだ。感謝されることが、役に立てたことが、こんなに嬉しいんだ。恋って偉大。 「あの人たち、って」 「本当しょうもないよね。さんざん人のこといじめといて、いざ僕が有名になったら手のひら返しちゃって」  はあ、ため息をつきながら教卓にもたれかかる。その一挙手一投足がサマになりすぎて、ここはスタジオじゃないし俺はカメラマンでもないのに。もったいない。 「柊がいたらどうしようとは思ったけど、ミミナがいるとは思わなかったな」  さっきまで柊もいたんだけど。そもそも柊に呼び出されたからここにいるんだけど。説明するべきか悩む。するにしたって、どうやって? 「柊と付き合ってるの?」  撮影日に発生した誤解を、といておくべきだったと今さら思う。柊を好きなサクはどこにもいないけど、サクを好きな俺がここにいるから。 「スカート穿いてるってことは、女として生きてくってことでしょ」  そうだよ。サクが好きだって気づいたから。サクが男子の制服を着てるから、俺は相対的に女なんだろうなって。いまだに電車は怖いけど、それでも気合入れてスカート穿いてるの。 「柊と付き合ってるんなら、そりゃ怒るよねぇ。僕なんかにキスされて」  なんかって何。驚いたし、ムカついたけど、それはサクの気持ちが伴ってないからで。俺の気持ちだけがあったからで。 「ごめんね、ミミナ――瀬戸見さん」  サクまで俺を置いて去っていく。あからさまに距離を作って、俺を思い出の中に閉じ込めるみたいに。  あの頃に戻れるなら、そう思うよ。でももう戻れないじゃん。  ウソツキの会はみんなウソツキだったから、ウソツキの会だったわけで。柊はもう誰とでも関係を持たないし、サクは男子の制服で、俺は女子の制服だ。ウソツキはいない。  あのときはみんなウソツキだったけど、それでも楽しかったじゃん。サクはまっすぐ、柊が好きで。柊は密かに、墨玲さんが好きで。それでよかったのになぁ。  本当って、残酷だ。

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