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「ぷあっ……」 「ほら、しっかり洗えよ。洞窟なんかであんなことしたから泥だらけじゃねえか」  風呂桶に座らせて温泉の水を頭からかける。兎の耳がぴょこぴょことお湯に驚いたように跳ねた。 「お前髪の毛もボッサボサだな?せっかくの綺麗な白銀の髪が泣くぞ」 「そ、そんなの誰も教えてくれなかったんだもの。ぼくが知ってるのは下落理げらりの浄化方法だけ。生まれた時から……ずっと……」  ぽつりと溢れた言葉に息を呑む。こいつは青年……だよな?秋津の成人年齢である十五歳は超えているように見えるが、顔は幼く、体つきも細い。ちょっと強く掴んだら折れてしまいそうなのに、こいつが下落理とやっていた行為は見た目にはそぐわない淫らなもので。声だって甘く掠れて、あの時だけはひどく大人びて見えたけれど、陽の光の下で見てみると、青年といえるのか自信がなくなってくる。 「あ、ええとね。ぼくは生まれた時から成人してたから。見た目は」 「ど、どういうことなんだ?い、いやなんか訳ありでめんどそうだからいい。とりあえず成人はしてるんだよな?」  厄介ごとの匂いを感じ取り、話題を逸らす。下落理なんて最大級に厄介なものに絡まれてるのにこれ以上面倒ごとを増やして貯まるか。 「してるね。多分君よりずーーーっと年上。だから安心してね?それに、ぼくはああしないと生きていけないんだよ」  最後の言葉には暗い影が宿っていた。 「ああしないと、生きて……いけない?」  思わず風呂桶が床に落ちて、ばしゃりとお湯が青年の顔にかかる。 「特異体質だって……言ったじゃないですか。ぼくは下落理を浄化して、そのエネルギーで生きているんです」 「は……はあ?もうオレの理解超えてるわ。無理」  考えると頭がパンクしそうなので、誤魔化すように青年の髪を洗う。 「なんかそういうあやかしだってことでひとつ」  青年はまるでそれが普通だというかのように呑気な様子で気持ちよさそうに髪と体を洗われている。石鹸の泡を洗い流すと、首に光るものに気がついた。ふわふわした見た目だが触ると冷たく、ぼろっと崩れ落ちて不安になった。 「これ、鉱物……か?」 「オケナイト。秋津では兎石だったかな。ぼくはいわゆる鉱妖だけど君もだよね。綺麗な黒曜石……」  細い指でなぞられて、 「あっ……やめっ……」 思わず変な声を出してしまう。ここは温泉で、個室だが辺りが静かなので防音は心配だ。 「へえ。君はここなぞられると感じるんだ?」 「こんのエロ兎……いい加減離れろっ!」  咄嗟に風呂桶のお湯をぶちまけて温泉に逃げ込む。  だが、実質逃げ場はない。兎青年はすぐに真横に体を鎮めると、 「え、契約しないの?」  きょとんとした顔で聞いてきた。 「契約?」 「だって君は欲喰師だよね?ぼくはすごくいい囮になると思う」 「囮って」  正直なところ、考えていないわけではなかった。本当は欲喰師は二人組で行動することの方が多い。下落理ではないが、色欲などの欲を好み、それらによって力を持つあやかしは実際にいる。  それ故にたとえ性格に問題がなくてもあやかしの街で暮らせないことが多い彼らにとって、人々を守り、己の欲を満たせる欲喰師の相方という地位は魅力的なものだ。実際知り合いも大部分が二人組。 囮役がいないから、殺されかけたり犯されかけたりすることも多かった。 けれど、何処かで安心もしていた。危険なのが自分ひとりの方が気が楽だと。  もし、自分のせいで囮役が死んだりしたら、多分ずっと抱えていくことになるから。 「ダメに決まってんだろ。お前だけ危険な目に遭わせられるか」 「……優しいんだね、君は。でもあの行為はただの食事なんだ。危険なことでも恥ずかしくて嫌なことでもない」 「あっ……」  先ほどより優しく、撫でるように青年の指が胸の黒曜石と、反対側の飾りをなぞる。そして深く、口づけられた。 「ふ……」  舌が口内を弄り、口の端から唾液が漏れる。同時に体の中心が熱を帯びていく。 「っ……は……」  唇が離れ、肩で息をする。 「ここ、反応してるね」 「馬鹿、温泉が汚れるだろうが!せ、せめて部屋の布団で……」 ** 「あ……は、うっ……」  暮れかけた空の赤い光に照らされて、白銀の髪が布団に散っている。 「ここまで煽ったんだ。契約、してやる」  中指を秘部に押しつけると、小さな水音と共にすぐに呑み込まれた。すぐに指を増やし、中をかき回して開いていく。 「あ、ああっ……ん……ふあ……」  甘い声と共に兎の耳がぴくぴくと揺れた。 「ここがいいんだろ?」 「うっあ……ああっ!」  体を震わせた場所を執拗に責め立てて、甘い声を堪能する。  下落理は、人の欲望の果て。だからこそ実は理想も高い。それを浄化するほどの体なんて一級品に違いない。既にそこはそそりたって、蜜を溢している。 「やだ、もう……抜いて、はやく、きみ、の」 「ああ、まだ名乗ってなかったか。狼夜だ。お前は?」 「兎月……う、づき……」  興奮で口の中に生えてきた牙を見せて笑い、同時に指を引き抜き、 「っあ」 そして性急に楔の先端を押し当てた。 「あ、あああああっ」  その刺激だけで兎月は蜜を散らす。それにも構わず、押し込んでいく。 「あ……う……ふっ……」  ずるずると抵抗もなく楔は飲み込まれていく。初めてのはずなのにやり方がわかるのは獣の本能ゆえだろうか。やがて、楔は全て飲み込まれて、兎月とオレは繋がった。兎月の中はひどく熱い。その熱に反応するように狼耳が現れた。 「ろう、や」 「しようぜ、契約」 「あ、ああああっ……!」  兎月の腰を掴んで動き出す。快楽に耐えるように閉じられた瞳も、甘く掠れた声も、淫らな水音もたまらない。 「ほら、目を開けろ。契約成立の瞬間だからな!」  楔をギリギリの浅さまで引いて、一気に最奥を穿つ。 「あ……うあああああっ!」  その刺激で白濁が散り、兎月の中に欲望が注ぎ込まれる。くたりとなった兎月の目の前で、蜜で濡れそぼった指を見せつけて舐めた。 「これで、契約成立だぜ」 「狼夜、性格変わるね……でも、これで契約成立だ。ぼくは君の相方になる。うまく、使ってね」 ** 「ここのご飯美味しいー」 「だろ?」  契約行為を済ませたオレたちは早めの夕食を摂っていた。欲喰師の仕事は基本夜だ。夜にならないと下落理が出てくることはほぼない。また奴らにも雑魚と強いのとがいて、雑魚の方は雪妖の一族の退魔護符で追い払えるので、基本的に戦闘になるのは中級下落理以降。そのため、事前の武器の手入れや相方のケア、腹ごしらえなどは地味だが重要な準備になる。  兎月は、契約後すぐに起き上がり、腰のだるさなどもないようですぐに着替えてこうして普通に夕食を食べている。下落理が食事だろ?と言ったら、「それとこれは別」と言われたので、下落理の浄化だけで生きているわけではないようだった。食費が浮くかと思ったんだが。 「おいしいごはんは生きる楽しみ!下落理では取れない栄養がある!」 「お前本当に幸せそうに食うな……」  夕飯は竹猪の焼き物に宝蓮草のおひたし。勝負の前には肉を食え。  多分こいつは裏山産だろう。浄化されていたって女将が感謝していたし。  しっかりと火が通った竹猪からはすっきりとした草の匂いがして、脂身が多い割にさっぱりした後味でおいしい。宝蓮草は少しピリッとした辛味でまたご飯が進む。  デザートには鉱石寒天。鉱石の色と形を持つが、口にすると柔らかくて甘いちょっと不思議な食べ物だ。兎月は見るのが初めてのようで、キラキラと目を輝かせているのでオレの分もやった。オレはあんまり甘いのが得意じゃないからな。 「ごちそうさま。さ、初仕事だぞ兎月」 「頑張ろうね」  すっかり昇った月を合図に、秋津の夜に繰り出した。 **  響都。南にある境と共に秋津有数の大都市。  日中は人間でもあやかしでも賑わうこの都は、夜になるとその表情を変える。  月妖燈の青い光に映るのは、大量の下落理たち。 げらり、げらり。  気味悪く笑いながら、夜に取り残された人間を襲う人の欲望の果て。 「ど、どうしよう、道に迷っちゃった」   ぴこぴこと耳を揺らして迷子の子うさぎが一羽。 獲物を見つけたとばかりに下落理は彼に飛びかかり、 「ばーか」  途端に刀で一刀両断、あとに残るは風で吹き飛ぶ塵芥。 「お前本当に下落理を引き寄せるんだな……」 「だから、役に立つって言ったのに。こうして姿も自由自在」  術を解くとそこにはいつもの兎月がいた。 「今日の仕事はこれでおしまい。さ、帰って寝るぞ」 「はーい」  宿の布団に入って朝まで眠る。  あの悪夢は、今日は見ることはなかった。
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