洛陽の月
奇跡的な日

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 京都星章高校との対戦は、京都市右京区にある渋沢工業高校のグラウンドで行われた。  普段練習で使用している洛陽高校サッカー部の専用グラウンドとは違い、芝が所々痛んでいたり、剥げており、お世辞にもピッチのコンディションは上々とは言いがたい状況だった。  司令塔の平岡はアップの最中からボールの弾み具合や、グラウンドの微妙な凹凸を念入りに観察している。まだ京都府予選の一回戦ということもあり、観客はまばらで、ベンチに入れない部員たちの人数の方が多いぐらいであった。  赤いストライプシャツに黒いパンツ、赤いストッキングという京都星章高校のユニフォームはそれでなくても厳めしく、洛陽高校の白を基調としたファーストユニフォームを丸呑みにでもするような迫力に満ちていた。  権丈はキックオフ前のコイントスに勝ち、躊躇なくボールを選択した。堅牢な5バックの崩し方は何度もミニゲームで反復してきたとはいえ、センターサークルから改めて京都星章高校のゴール前の守備網を見ると、誰もが黒田級のがっちりとした体格を備えており、どうにも一筋縄ではいかない予感がする。  主審が試合開始のホイッスルを吹くと、黒田が軽くボールを蹴り出した。ボールを受けた権丈はボランチの平岡へバックパスをする。  相手は平岡がキープするボールをあまり積極的には追ってこず、それよりもゴール前に人数を割き、スペースを埋め尽くすことに余念がない。  平岡はドリブルで持ち上がると、チェックに来た相手ディフェンダーを嘲笑うかのようにボールをふわりと浮かせ、左サイドでパスを待ち構えていた兵藤へと繋いだ。  平岡をマークしていたフォワードのツートップの一角が兵藤を背後からチェイスし、前方から右サイドハーフの選手が間合いを詰め、挟み撃ちにしようという魂胆のようた。  権丈は相手右サイドハーフの視界に入るよう、兵藤のサポートに走る。兵藤はちらりと右を向き、権丈へパスを送る素振りを見せた。ディフェンダーが権丈へのパスコースを切ろうと動いた瞬間、兵藤が一気に加速した。  前につんのめるような勢いのドリブルでディフェンスを置き去りにすると、5バックの前をカバーするボランチが身体を寄せてくる前に、兵藤は思い切りよく右足を振り抜いた。  兵藤の放ったボールはペナルティーエリア内でゴールに背を向けてポストプレーを試みた黒田の頭上を越え、クロスバーを直撃する。跳ね返ったボールにいち早く反応した東条圭が狙い澄ましたようにボレーシュートを叩き込むが、ボールは惜しくも枠を外れた。  試合開始早々に飛び出した流れるような攻撃に、洛陽高校ベンチは沸き返った。ディフェンスのため自陣へと戻る兵藤の顔はいつも以上に得意げだった。シュートを放った直後、京都星章ベンチから応援の声がぴたりと止んだせいもあるだろう。 「ふふふ、崇めろ。奉れ。跪け」  兵藤は沈黙する京都星章ベンチを見下ろして、勝ち誇るように高笑いした。洛陽ベンチから盛大な兵藤コールが巻き起こり、序盤の入りとしては上々の出来だった。 「兵藤のファーストシュートが枠を捉えるなんて初めてじゃない?」  ボランチの平岡が守備へ戻った権丈にこっそりと言った。 「今日は奇跡的な日だ。あちらさん、だいぶ泡食ってるみたいだから一気に畳みかけよう」  キーパーがハーフウェーラインを越えるゴールキックを蹴り込んできた。権丈は平岡へ返事をする代わりに、洛陽ベンチに向かって親指を突き立てた。

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