洛陽の月
いざ戦場へ

 冬の選手権京都府予選という名の戦地に赴く前夜の晩餐は、豪勢にも肉厚の神戸牛のステーキだった。  寮長の李軍曹がポケットマネーから奮発して用意してくれた逸品である。冷める前に食え、という李軍曹の計らいから、食堂に集合した部員たちは一心不乱に分厚い肉と格闘している。大盛のライスが次々と白皿から消えていく。 「景気づけだ。ステーキを食いながら聞け」  下士官に作戦行動を伝える上官のような威厳のある面持ちで部員たちの前に現れると、李軍曹は三列並んだテーブルの席に座る部員たちを一人ひとり見回した。 「サッカーは戦争だ。グラウンドは戦場だ。相手ゴールにシュートの雨を降らせてこい。明日は攻めて攻めて攻め抜いて、相手チームの心をへし折るのだ!」  黒田はすでに肉を平らげていた。李軍曹の軍隊仕込みのアジテーションに早くも感化されたらしい兵藤の食べるスピードが一段と上がった。美味い、美味いと目にうっすらと涙を浮かべて、ステーキを頬張っている。 「この寮で俺のメシを食った者は、全員俺の息子も同じだ。大切な息子たちを戦場に送り出す以上、無様に死ぬことは許さん。勝って帰って来い」  李軍曹はいちど言葉を切ると、強面の顔に一瞬だけ武骨な笑顔がよぎった。 「……以上だ。健闘を祈る」  李軍曹はそれだけを言い終えると、ふらりと厨房の奥へと引っ込んでいった。食事を終えた兵藤は立ち上がるなり、ジェスチャーで部員全員に起立を求めた。食事中の者も肉をもぐもぐと頬張りながら立ち上がる。 「いつも美味しい食事をありがとうございます! 閣下に敬礼っ!」  厨房に向かって兵藤がびしりと敬礼をすると、周りの部員たちも一拍遅れて敬礼をした。  黒田と兵藤と小峰史郎は、白皿と黒光りする鉄板を厨房脇の返却台に置くと、火の消えたオーブン前の小さな丸椅子に腰掛けた李に「軍曹、ご馳走様でした」と声をかけた。  李はこんなことなんでもねえよ、とでも言うように軽く右手を上げて応えた。 「不肖兵藤、腹ごなしに走って参ります!」  洛陽寮の玄関口へと駆けていく兵藤の背中に、無言の黒田とその忠実な舎弟のごとき小峰が続いた。 「脳筋トリオは相変わらずだね」  権丈の斜め向かいで、ゆっくりとステーキを味わっていた平岡が苦笑する。 「まあ、今から走りたくなるのも分からないでもないけどね」

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