洛陽の月
兄の亡霊

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 東条圭は紅學館戦のキックオフ直後から互いにスコアレスで迎えた終盤に至るまで、前線でポツンと時を待ち、可能な限りサボって、もとい、体力を温存し続けてきた。  ボールが前線まで一切回ってこないのだから、空気に徹する以外やることがなかった。  赤い爆撃機の異名をとる7番の植村虎太郎は、さすがにU―17の日本代表に招集されただけあって、触れ込み通りの実力を遺憾なく発揮した。全身バネのような、まるで短距離スプリンターのような体躯の選手で、ストライドの大きなドリブルはたびたび洛陽ディフェンス陣を切り裂き、ゴールを脅かし続けた。  何度も危ないシーンを迎えたが、それでも失点せずに済んだのは、赤い爆撃機にぴたりと密着してマンマークする兵藤弘の献身的な動きがあったからだ。兵藤のユニフォームは前半の中頃には泥だらけになり、土のグラウンドにも構わずスライディングタックルを幾たびもお見舞いしたために、ソックスには遠目にも明らかなほどの血が滲んでいた。  何度マークを振り切られても即座に追いつく兵藤は、頭の中の辞書に「潔く諦める」という言葉が登録されていないようだ。トップギアで抜き去られそうになれば、審判に見えない方向からユニフォームを巧妙に引っ張って勢いを止め、サイドライン際でハイボールの競り合いになれば植村の背後からでも構わずぶち当たっていった。  イエローカードが出ないことが不思議だったくらいのラフプレーもいくつかあったが、主審とはいえ兵藤の尋常ならざる奮闘ぶりに水を差してはならないような雰囲気があったことも確かだろう。  結局、カードが出ることはなく、警告で終わった。  あまりに執拗な密着ぶりに焦れた植村は前半途中に兵藤のマークから逃げるように反対サイドにポジションを移した。だが赤い爆撃機のポジションチェンジに応じて、兵藤も右サイドの小峰史郎と左右を入れ替え、フィールド上のどこにも逃げ場はないことを示した。  植村がボールを失うたび、惜しいシュートを放つたび、観客席から失望の声が上がった。  両チームとも決め手を欠いたまま、刻々と時間だけが過ぎていく。だが、明らかに焦れているのは、攻め続けているのにゴールを割れない紅學館の方だった。  いみじくも、兄の俊一が前日の電話で予見した通りの試合展開になっていた。  ワントップの位置で孤立している東条圭は、バックスタンドで静かに観戦する兄の顔をちらりと盗み見た。この布陣の意味は十二分に理解しているつもりだ。  ――チャンスがあれば、一撃で仕留めろ  いちいち兄に言われなくたって、そんなことはよく分かっている。  だが、圭を除く洛陽のフィールドプレーヤー全員が守備に忙殺される中で、ボールが前線まで回ってこなければ一撃のチャンスすらない。特定の選手に守備を免除するような、いかにも勝利至上主義の戦術をなにより毛嫌いしていたはずの大葉監督だが、監督は試合前にただ一言「適材適所です」とだけ言った。味方を信じてゴール前で待て、という指示だった。  試合中、ひとり傍観者となっていた圭は、普段なら考えないようなことを考えた。  なぜ兵藤先輩はあんなにまで頑張ることが出来るのだろう。試合前の兄の見え透いた褒め言葉を養分にして、自らを燃えたぎらせているのだろうか。  俊兄に褒められることは、そんなにまで価値のあることなのか?  ふと、そんな素朴な疑問に行き着いて、圭は試合中にも関わらずひとり苦笑いした。兄の俊一に褒められることだけが絶対的な価値を持っていた幼い頃を思い出したからだ。  三つ年上の兄は、なんでもできるスーパーマンだった。自慢の兄だった。物心つくと、兄の俊一の背中を見て育った。見よう見まねでサッカーボールを蹴るうち、テクニック的には兄と遜色ないレベルにまで到達したという自負はある。  だが、いつしかその兄と直接比べられるようになって、サッカーそのものが嫌いになった。  兄の俊一にはあって、弟の自分には決定的に足りないものがあると、歴代のコーチ陣の誰もが口を揃えて同じことを指摘した。  それこそ判で押したように、どいつもこいつも同じことばかりを口にした。  曰く、勝利への執着心が足りない。球際に弱い。どうしても勝ちたいという意思を感じない。覇気がない。チームを勝たせよう、俺が引っ張ろうという統率力がない。  細かい表現は違えど、意味するところはどれも同じだ。  どれもこれも突き詰めれば「なぜお前は兄と同じことが出来ないのだ?」と言っているに等しい。そんな一見もっともらしい指摘をされるたび、よけいにサッカーが嫌いになり、兄への反発心が頭をもたげた。  なぜ、ぼくは俊兄と同じことが出来ないのだろうか。  そんなの当たり前だ。  ぼくはぼくで、兄は兄だから。  なのに、誰もがぼくを兄のようになれと言う。  なれるはずがないのは自分がいちばんよく分かっている。  だって、ぼくは兄ではないのだから。  兄の亡霊と戦ったって、勝てるはずがない。  自分がスーパーマンじゃないことぐらい、とっくに気付いていた。  昨夏に「ユースは厳しい」と告げられてから、サッカーを辞める決意を固めた。ボールを蹴っていても何ひとつ楽しくなく、ただただ兄の亡霊と戦っている気がしたからだ。  兄を見て始めたサッカーだったから、辞める時も兄にせめて一言だけは告げた。  俊兄は、続けろとも、辞めるなとも言わなかった。ただ、自分の通っている洛陽高校の大葉監督についてだけ語った。 「大葉監督はお前を型に嵌めようとはしないよ。俺という鋳型にね」  スーパーマンの兄は、弟がサッカーを辞めたい理由をしっかりと見抜いていたらしい。 「洛陽ってどんなチーム?」と聞くと、兄はこう答えた。 「抜群のセンスがあるのに、活かしきれていない後輩がいるよ」  まるで自分のことを言われているようで、無性に腹が立った。  それが誰であるのかは、入部してすぐに分かった。  権丈主将は俊兄に心酔し、俊兄の亡霊を追いかけているように見えた。だが、それも兄への反発心で曇った目が見せた勘違いだったらしい。  このフィールドで懸命に戦っている背番号10は俊兄の亡霊など追いかけてはいない。ただひたすらに、チームを勝利に導こうとしているだけだ。  それは背番号9を背負った暗示にかかりやすい副主将も同じだった。日本代表選手に比べればたいしたセンスはないのに、それでも引けをとらずに互角以上に戦っている。  ユニフォームを泥だらけにし、ソックスを血で染めながらも必死に走り続けている。  願わくば、一日でも長く、この先輩たちとサッカーがしたい。  嘘偽りなく、心の底からそう思えた。

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