洛陽の月
新しい圭

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 後半も残すところ五分を切ったところで、兵藤弘が赤い爆撃機からボールをカットした。  こぼれたボールをボランチの平岡が前線へと蹴り込んだ。  手薄になっていた最終ラインの裏を抜けた東条圭は、平岡からのロングフィードを足元でトラップする。ボールの勢いを完全には殺し損ねて、ボールが前へと転がった。  ゴールマウスを飛び出してくるゴールキーパーとの一対一の局面で、圭は倒れ込みながらも冷静にゴールキーパーの股下を狙った。  キーパーの股間をすり抜けたボールは球足が遅く、懸命に戻ったセンターバックにゴールを割る直前で防がれた。だが、センターバックのクリアが中途半端だった。  キーパーと交錯し、グラウンド上に潰されるようにして倒れ込んだ圭が地面を叩いて悔しがる。難を逃れたセンターバックはスライディングした足先からサイドネットへと突っ込み、ネットに足を絡み取られてすぐには動けないようだった。  力なく跳ね返ったボールを、いち早く前線まで駆け上がった権丈がジャンピングボレーで仕留めた。ボールはキーパー不在のゴールマウスの中央に突き刺さった。  シュートされたボールはゴール内に留まり、誰がどう見ても文句のつけようのない正真正銘のゴールだった。主審はホイッスルを吹かず、センターサークル方向を手で指示した。 「圭、ナイストライ」  この試合唯一とも言えるチャンスを一撃で仕留めた10番に抱き起こされた。 「先輩のせいで、ヒーローになり損ねました」  圭が軽口を叩くと、権丈陽介がはにかむようにして笑った。  バックスタンドに目をやると、沸き返る洛陽応援団の横で、俊兄が小さく手を叩きながら満足げに頷いているのが見えた。  権丈の値千金の一撃を守り切った洛陽高校は、夏のインターハイ準優勝チームである紅學館高校に一対〇で辛勝した。年代別の日本代表に招集された赤い爆撃機を八十分間、執拗に追い続けた兵藤は試合後、ロッカールームでグロッキー状態だった。 「今日は新しい圭が見られたよ」  セダンのドアガラス越しに、東条俊一が晴れやかな顔で言った。サングラスをかけ、ハンドルに手をやる。 「俊兄、もう観に来なくていいからね」   観戦に訪れた兄の俊一を駐車場まで見送りに来た圭は、そっぽを向きながら言った。俊一が意外そうな表情を浮かべた。洛陽が勝ち続ける限り観に来るぞ、と言いたいのだろう。 「全国行くまでぜってー負けないから、正月に家でテレビでも観てろ。炬燵に入ってミカンでも食ってろ」  圭は急き立てるように言うと「まだミーティングあるから、じゃーね」と言い残して、グラウンドの方へと走り去っていった。  俊一の返事代わりのクラクションが聞こえ、わずかに振り向くと、白のセダンが駐車場をゆっくりと出て行くのが見えた。

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