洛陽の月
権丈組

 キャプテンマークを左腕に巻き、背番号10番を東条から継承した権丈ごんたけ陽介は土埃の舞うピッチ上でしきりに首を傾げていた。肩に深紅の三本線が映える白地のユニフォームは泥にまみれ、乱れた髪が汗で濡れた額に張りついている。 「ゴンスケ、集中しろよ!」  らしくないパスミスを繰り返す権丈をカバーするため守備に奔走していた左ウイングの兵藤弘が声を荒げた。ボールホルダーを中盤の底まで猟犬のように追いかけ、背後から反則ギリギリのスライディングを仕掛け、ボールを奪い返した。  審判は首にかけた笛を咥えかけたが、ホイッスルは鳴らなかった。 「悪いっ!」  平謝りする権丈を睨みつけた兵藤はボランチの平岡にボールを預けると、前線へと全力で駆けた。ボールを引き出すためにセンターサークル付近まで下りてきた権丈がパスを要求するもディフェンダー二人に即座に囲まれる。  権丈へのパスを諦めた平岡は後方を向き、いったんセンターバックの黒田へとボールを戻した。  190センチ近い長身と重戦車並みの体躯を誇る黒田だが、足元の技術の不足を理由にセンターフォワードからセンターバックへとコンバートされた急造ディフェンダーである。  バックパスを予想していなかったらしい黒田が案の定もたつき、大きく蹴り込んだキックはサイドラインを割り込んだ。あたかもサイドバックのようにフィールドを上下動していたウイングの兵藤がうんざり顔で守備に戻った。 「酷い出来だな、どいつもこいつも」  ぶつくさ言いながらも兵藤はスローインのボールを受けたMFミッドフィールダーを潰しにかかった。 「新人戦三連敗だなんて、東条先輩に顔向けできねえじゃねえか」  京都府高校サッカー新人大会の予選リーグでまさかの連敗を喫した洛陽高校は早々と決勝リーグ進出への道が立たれ、消化試合となる嵯峨北高校相手に前半終了時点で三点のビハインドを負っていた。主力の三年生が引退し、新チームに移行してからまだ一ヵ月足らずとはいえ、全国の舞台に駒を進めたチームとは思えないほどの散々の出来だった。  長いホイッスルが鳴り響き、洛陽高校の新人戦三連敗が決定した。 「権丈組は前途多難ですねえ」  うなだれてベンチへと戻ってくる選手たちに向かって大葉監督が笑いかけた。一年ごとにチームメンバーが目まぐるしく入れ替わる高校サッカー部を率いる大葉監督は、各年度の主将の名字に「組」をくっ付けてチームを呼び表す、という独特の癖を持っていた。 「権丈君が混乱しているからチーム全体も混乱していました。皆、ちぐはぐでしたね」  荒い息を繰り返す権丈は天を仰いだまま、一言も返す言葉がなかった。  新人戦、夏のインターハイ、冬の選手権。  京都三冠を目指し、全国高校選手権京都府予選を制した東条組とは比べるべくもない幸先の悪いスタートだった。  権丈を取り囲んだ先発選手たちも、ベンチに座っていた控え選手たちも一様にお通夜のような暗い顔をしている。大葉監督だけがひとり楽しげだった。 「なんか主将らしい一言とかないのかよ」  自薦で副主将に就任した兵藤が焦れたような声を出す。 「俺には東条先輩の代わりは務まりません」  やっとのことで絞り出した言葉は、泣き言に近い本音だった。  キャプテンマークを直々に譲られたとはいえ、フィールドの支配者たる貫禄に満ち溢れていた偉大なる先輩の真似など出来るはずもなかった。 「ええ、そうですね」  大葉監督は権丈の泣き言をそっくりそのまま肯定した。監督なら、そこはせめてやんわりとでも否定するところじゃないのか、とでも思ったのか、兵藤が胡乱な目つきで大葉の顔を見つめた。世間がこぞって名将と称するほどの指導者なのか、と値踏みするような疑いの目だった。 「ただ、誰も東条君の代わりをしろだなんて言っていませんよ。東条君は東条君、権丈君は権丈君です。去年は去年、今年は今年で、また違うチームです」  大葉の返答はしごく当たり前といえば当たり前のことだったが、どこか哲学的な意味を含んでいるようにも思えた。権丈はわずかに眉根を寄せた。 「どういう意味ですか?」 「それを考えるのが君たちの仕事です」  ウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込んだ大葉は選手たちに背を向け、グランドの外へ向かってゆっくりと歩いた。 「敗因や今後の改善点を各自、自分の頭で考えて明日以降の練習に活かしてください。それじゃあ、今日は解散」  グラウンドに取り残された選手たちは狐につままれたような顔で大葉の丸まった背中を見つめた。 「つまり、どういうこと?」  ボランチの平岡巧ひらおかたくみが拍子抜けしたような声で言った。 「今日の試合は評価に値しないってことじゃないのか」  センターバックの黒田直樹くろだなおきが重々しげに頷く。 「今日の監督はいつにも増して指示がなかったな」  守備に奔走し通しでまともに攻撃に絡めなかった兵藤は、監督の無策を咎めるような口ぶりだった。 「無様な試合だったからね。監督も指示する気が失せたんじゃないの」  平岡が自嘲気味に笑った。 「それにしちゃ楽しそうだったぜ。ずっとニコニコしっぱなしだったし。なあ、ゴン」  兵藤は権丈に同意を求めたが、今日の敗因と今後の改善点について漠然と考えを巡らせていた権丈は言葉に詰まった。 「え、あ、うん。そうかもね」  部員たちの視線が権丈に集中するが、当の権丈は相も変わらず上の空だった。兵藤がわざとらしくため息をつき、大葉監督の口ぶりを真似た。 「権丈組は前途多難ですねえ」

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