洛陽の月
セレクション

「今年の一般組はどんな感じだい、菅原君」  大葉はメイングラウンド上に散らばって準備体操に励んでいる二、三年生を一瞥してから、主にBチームを指導しているコーチの菅原に問うた。 「一般入学組の入部希望者は今のところ三十名ぐらいですね」 「何人ぐらい残りそう?」 「五人残れば上出来じゃないですかね」  洛陽高校サッカー部に入部するには、大別すると二つのルートがある。  高校入学前に行われる入学内定制度セレクションで実力を認められるか、高校入学後に入部テストを受けるか、のどちらかである。  部員数が百名を超えるような大所帯のサッカー名門校ともなると、事前のセレクションオンリーで高校入学後の部員募集は行わない、という学校も少なくはない。だが、洛陽高校は大葉の意向もあり、一般入学者へも門戸を開いていた。 「そういえば、東条の弟も入部テストを受けていますよ」 「彼はセレクション組じゃなかったっけ?」 「スポーツ推薦のための評定成績が若干足りなかったみたいです」  大葉が苦笑いした。 「ああ、そうなの。お兄さんは学業成績も優秀だったのにね」  サブグラウンドでは洛陽高校サッカー部伝統の入部テストが行われていた。  大葉が監督に就任するまではセレクションで部員を受け入れることさえなく、希望すれば誰でも入部可能であった弱小サッカー部が、改革の一環として真っ先に取り入れたのが入部テストである。  体力自慢揃いの現役部員たちでさえ、思い出すのも嫌だ、と振り返るほどの過酷さであり、三週間に渡って行われる長丁場だ。  グラウンド周りのランニングコースを二十周、約10㎞を走るタイムトライアルの「二十周走」は近年の定番メニューとなっている。  受験勉強明けの影響であろうか、疲れ果てて顔色の悪い者もいれば、ペース配分など無用とばかりに元気に先頭を走っている者もいた。  新入部員希望者の中では小柄な部類だが、気合の入った丸刈り、豆タンクのようながっしりとした体型、安定感のある重心の低い走りは、いやでも目についた。無地のシャツの腹部と背中の両方に、はみ出すぐらいに大きな「小峰」の字が躍っている。 「二日目以降も、あのペースが続けば上出来だな」  大葉は、先頭をひた走る小峰に目を向けた。ストップウォッチを手に一周ごとのラップタイムを記録していた菅原が小さく頷く。  二十周走の総合タイムは言わずもがな、途中、途中にもクリアすべきハードルがある。  3200メートルを12分間で走る、という条件をクリアできなければ、どれほど技術があってもトップチームには入れない方針であり、入学当初はクリアできない新入生も夏を過ぎるころには基準タイムを突破し、トップチーム候補に名を連ねるようになる。 「ところで東条君の弟はどこだい?」 「あそこです」  菅原はランニングコースの最後方をよろよろと走っている、ひときわ小柄な黒髪の少年を指差した。先頭を走る小峰に追い抜かされ、周回遅れとなっている。 「セレクションで見た時はもっと動けていた気がするんだが」  目の前を走り抜ける走者のラップタイムを一通り付け終えた菅原が顔を上げた。 「クラブチームを引退してからずっとサボってたんじゃないですか。相当、鈍っていますね」 「今日の記録を付け終わったら、新入部員の経歴と一緒に監督室に持ってきてくれ」 「分かりました」  去り際に菅原に指示を与えてから、大葉はサブグラウンドを後にした。メイングラウンドとサブグラウンドを回遊魚のように動き回り、選手たちへの細かな指導はなるべくコーチに任せるのが大葉のやり方だった。 「菅原コーチ、ちーっす」  大葉と入れ替わるようにして、ストレッチを終えた兵藤が姿を現した。ラップタイムを逐次書き込みながら、菅原が顔を上げる。 「ジョーさんの弟が入部テストを受けてるって聞いたんですけど、どいつですか?」 「相変わらず耳が早いな、兵藤」  苦笑いする菅原に構わず、兵藤は目の前を走り抜けていく新入部員希望者たちの顔とシャツの胸に大書された氏名に視線をくれた。 「もしかして、あいつですか」  ランニングコースの直線部分をのろのろと走っていく小柄な少年の背中を指差した。兄である東条俊一に似て端正な顔立ちだったが、間近で見ると線は細く、背も低かった。 「そうらしいな」  兵藤はその場で何度か屈伸をすると、ぐるぐると腕を回した。 「何する気だ?」 「ちょっと挨拶してきます」  兵藤は駆け出し、東条俊一の弟の肩に手をかけ、話しかけた。 「あんまり苛めるなよ。入部できるかどうかも分からないんだから」  菅原はラップタイムを計時しながら、ぼそりと呟いた。

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