洛陽の月
超人の弟

 インターハイ京都府予選の組み合わせ抽選会から帰ってきた権丈と兵藤は、一回戦の対戦校に決定した京都星章きょうとせいしょう高校の尋常ならざる迫力に思わず息を呑んだ。  洛陽高校サッカー部専用の学生寮である洛陽荘のミーティングルームのテレビ画面に、京都星章の試合を録画した映像が映し出されている。 「にしても、お前は本当にクジ運ないよな」  京都星章は県下でも有数の強豪校で、部員数は総勢百六十名にも及ぶ。一軍から四軍まである大所帯から選ばれしレギュラー選手は、誰も彼もが血の気の多いファイターを思わせる屈強さだ。  多少のラフプレーも辞さないファイト溢れるプレーぶりは不鮮明な映像からでもその迫力がひしひしと伝わってくる。トーナメントを勝ち抜けばいずれ戦う相手とはいえ、初戦から事実上の決勝戦というくじ運のなさは、副主将の兵藤からねちねちと責められ続けるのも致し方ない気がした。  対戦校の分析に早々と匙を投げたらしい兵藤の姿がミーティングルームから消えていた。姿はないのに、兵藤の騒々しい声だけが聞こえてきた。ベランダで誰かと電話しているようだ。 「おい、ゴンスケ。ジョーさんから電話」  テレビ画面から目を離し、権丈は慌てて振り向いた。 「ジョーさん、東大に受かったらしいぞ。一月までサッカー漬けだったのに、いったい何時勉強してたんだろうな。完璧超人にも程があるぞ」  兵藤は手に持っていた携帯電話を、権丈の耳に押し付けた。 「権丈です。東条先輩、ご無沙汰してます」 「よおっ、元気か」  この声を聞くと、自然と背筋が伸びる。  ペナルティスポットにボールをセットする背番号10番の大きな背中がありありと目の奥に浮かんできた。 「ゴンスケ、お前、ジョーさんにいちいちビビり過ぎ」  兵藤が口元を押さえて、ぷぷっと笑った。断じてビビっているわけではない。偉大な先輩に敬意を表しているだけだ。  いちいちうるさいので、どこかに行っているよう手で合図するが、兵藤は権丈の横にぴったりと張り付き、会話の内容を盗み聞きする気満々だった。 「兵藤から聞きました。東大に受かったそうで、おめでとうございます。俺はてっきり東条先輩はプロになるのかと思っていました」  お世辞などではなく、本当にそう思っていたから、国立大学の最難関に進学したと聞いた方が意外だった。 「ありがとう。でも俺にはプロでやっていけるほどのずば抜けた才能はないよ」  東条は謙遜したが、選手権に出場した全選手を見渡しても、東条ほど華のあるプレーヤーはいないような気がした。掛け値なしにこの人には勝てそうもないと思える人物が俺にはプロでやっていくような才能がないと言うならば、プロの世界とはどれほどまでに完璧超人の集まりなのだろうか。 「プロってそんなに凄いんですか」  ふとした疑問が口をついた。二学年上の先輩やこれまでの対戦相手の中でJリーグ入りした者は何人かいたが、第一線で活躍している選手はまだいないので、プロとの差が果たしてどれほどのものかは測れずにいた。 「全国四千校に所属するサッカー部員は十五万人。そのうち高卒でプロになれるのは0.02%、つまり三十人ぐらいだ。大学受験する方がよっぽど気楽な倍率だな」  電話先から笑い声が漏れ聞こえた。 「新チームはどうだ。順調か?」 「三年生が抜けた穴が大きすぎて、レギュラーポジションすべて白紙です」  選手権にレギュラーとして出場していた三年生十人を含む二十六名が卒業したのだ。全体的に試合経験に乏しい新二、三年生が主体となるチームは、まだ骨格すら見通せない状況だった。黄金世代の次は順番的に谷間の世代となるのが必定だ。 「大葉監督もどこから手を付けるべきか悩んでいるみたいです」  Jリーグの監督もできるS級コーチの資格も取得している大葉監督は選手時代こそ華々しい経歴はないが、選手権出場など夢のまた夢だった洛陽高校サッカー部をわずか五年で強豪校へと変貌させた名伯楽だ。  その大葉監督の手腕を持ってしても、飛びぬけたタレントを擁しない今年の陣容では前回大会を越える結果を残すのは困難な気がした。今のところ、アドバイスらしいアドバイスもなく、放任に近いような状況だった。 「インターハイ予選の対戦相手が京都星章に決まりました。いきなり山場です」 「そうか、それは楽しみだな。俺が一年生の頃と状況が似ているし、噛み合っていない分、チームに伸びしろは大きいと思うぞ」  東条の楽観的な発言に権丈と兵藤は思わず顔を見合わせた。 「そうそう、言い忘れていた」  東条がついでのように言った。 「俺の弟が入部すると思うから、よろしく頼む。末っ子気質の甘ちゃんだから、遠慮なくびしばし鍛えてやってくれ」  権丈が返答する前に通話が途絶えた。 「ジョーさんって弟いたんだな」 「そうらしいね」 「超人の弟もやっぱり超人なのか」 「さあ」  兵藤は拳を握りしめ、難しい顔をした。 「たとえジョーさんの弟だろうと、左ウイングの座は渡さん!」  左サイドは俺の聖域なのだと息巻いて、兵藤はのしのしと部屋から出ていった。 

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