洛陽の月
芸術的ゴール

 全国高校選手権京都府予選の一回戦の相手は、ここ数年、二回戦負けが続いている宮代みやしろ高校だった。強くもなく、かといって弱くもない「普通」のチームという下馬評の相手である。  権丈はリハビリ期間中の鬱憤を晴らすかのように、試合開始直後から躍動した。  前半三分、自陣でボールを奪った平岡は右サイドに開いた東条圭の足元へ正確なロングボールを蹴り込んだ。  前がかりになっていた宮代高校のディフェンス陣はカウンターに対応できておらず、ゴール前へ走り込む権丈の前をセンターバックが一人並走しているだけだった。  権丈が東条圭からのボールを受けにニアサイドに向かって走ると、並走するセンターバックはゴールとの間に立ち塞がるようにしてコースを切り、ゴールキーパーはニアサイド寄りにポジションを取った。  ちらりと顔を上げ、ゴール前の状況を確認した東条圭はダイレクトでセンタリングを放り込んだ。シュート性の低くて速いアーリークロスは、走り込む権丈の背後へ逸れた。  わずかにボール半分ほどのズレだったが、全力で走り込んでいた権丈がこのボールを処理するには反転してトラップするか、後ろに戻りつつミートするかしか選択肢は残されていないように思えた。  トラップすればディフェンダーに間合いを詰められ、シュートコースも消える。かと言って、無理やりダイレクトで合わせても威力のあるシュートを打てるような態勢でもない。  だが、ファーサイドはがら空きだった。  クロスボールを処理するわずかコンマ数秒の間に頭の中であれこれ考えたわけではなく、身体が勝手に反応した。  権丈はディフェンダーに半身を預けたまま、背中側へ逸れていくクロスボールにバックヒールでちょこんと触れると、コースの変わったボールは無人のファーポストを目指してころころと転がっていった。  棒立ちになったゴールキーパーは唖然とした表情で、サイドネットを揺らしたボールを見つめている。観戦に訪れた観衆も一瞬言葉を忘れるような芸術的なゴールだった。  ゴールしたのが自分でも信じられない、という様子の権丈に兵藤が真っ先に抱きついた。 「お前、復帰戦でいきなりとか信じられねえ! ……神かっ!」  権丈の首元に抱きついたまま、興奮気味にわめき立てている兵藤をよそに、フィールドプレーヤーが権丈を祝福しに一斉に集まってきた。微妙に不正確なクロスボールを配球した東条圭は、伏し目がちに笑った。 「権丈先輩、あざーっす」 「圭、ナイスパス!」  権丈は自陣への戻りしなに東条圭の黒髪を無遠慮に撫でた。 「ずいぶんとお洒落なゴールだったね。まあ、やられた方は堪ったもんじゃないだろうけど」  センターサークル付近で権丈の帰還を待っていた平岡が静かに言った。宮代高校のディフェンス陣は狐につままれたような表情を浮かべて、フィールドの各所に突っ立っている。 「構わん、ゴールはゴールだ。このまま畳みかけるぞ」  二度と再現するのは難しい、極めて芸術的な先制ゴールを決めた権丈の背中を黒田が思い切り叩いた。あまりの力の強さに、背番号10がその場で飛び跳ねた。 「おいっ、クロ! ちょっとは力の加減をしろよ。復帰早々、病院送りにするつもりか」  兵藤が黒田にまとわりつき、手加減を知らぬ馬鹿力を責める。 「……このぐらい平気だ。権丈も成長している」  ぎゃあぎゃあと喧しい兵藤をあっさり無視して、黒田はセンターサークルの左脇に移動した。 「もしかして褒めたつもりなのか、あれで」  呆れ顔の兵藤が言う。 「……みたいだね」 「黒田なりに褒めたつもりらしいね。ゴールはゴールだ、って褒め言葉じゃないけど」  兵藤と平岡と権丈が口元を隠しながらこそこそ喋り、守備位置に就く黒田の大きな背中を見上げた。地面に根を張った巨木のように、揺らぎもせず黒田は真っ直ぐに立っていた。

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